まさか30代でそんなことになるとは。
当然、自分の周りに経験者が1人もおらず、ブログを探し読み漁る。
それが仇となることもしばしば。
むしろ多いかもしれない。
まず、死別シングルマザーのケース。
わたしは子供がいない。
次に、闘病の末お別れしたケース。
わたしは突然死で看取れなかった。
おなじ"死別"であって、全く違う"死別"
そしてわたしを悩ますのは
眠れない
食べられない
故にやつれて鬱になってしまった
後を追いたい
というコメントの数々。
わたしは、
推定死亡時刻の深夜2時まで寝付けない程度で、過眠と言えるほど眠かった。
作るのが面倒で、スナック菓子やインスタントに偏るものの、食事はしていて痩せもせずやつれもしない。
性格が変わったようにも思うが、鬱ではない。
面倒を見なければならない両親を想い、後を追うことは全く考えていない。
生きていくために仕事は休んではいられない。
そう、はたからみていると「元気そう」「立ち直ってる」様にみえる。
困らせてはならないと、人前では涙を見せず、笑って話し、前向きだと振る舞っている。
言ってしまえば、変わりないのだ。
これが、ほかの遺された人との大きな違いで、私は冷たい人間なのかと悩まされる。
もちろん、猛烈な寂しさや虚しさ、喪失感に苛まれることはある。
狂った様に泣くこともある。
さらには、34歳という年齢からか、再婚はどうするのか、これからどうするのか、などといった質問を受けることも多々あり、相手を困らせても仕方ないので、良い人がいれば!と笑ってやり過ごすが、本音を言えば、まだ半年も経ってないのに先のことなど考えられない、ほっといてくれ、と叫びたい。
心配している人の心境としては、私に元気であって欲しいのだろうと思う。
そうでなければ"重い"から。
だから早く乗り越えて前に進み、おなじ子育ての話や未来のことを話せる様になりたいのだろう。
もちろん、このまま1人で生きていく不安、子供を産んでみたい、誰かに守られ支えられ過ごしたい、そう思うことも少なくはない。
半年でそう思い、半狂乱にもならないあたり、やっぱり私はショックが少ないのだろう。
食事が取れる自分が恨めしい日々だ。