シュメール人と日本人(縄文人)のDNAが示す古代シュメール文明の謎と海外の反応 | 地球の陸地を一人旅〜現在192ヶ国〜

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行ったことのない国を中心に一人旅しています。

今回のイラク旅の目的はズバリ、「メソポタミア文明を築いたシュメール人は日本人なのでは?」と巷で実しやかに囁かれていることについて、それは真実なのかを私なりに確かめる、その片鱗を見つけ出すことでした。







私はこの仮説を聞いたときから、「突拍子もない話ではない」と思っていました。







メソポタミアのみならず、インダスでもエジプトのピラミッドまでもが、「東方から来たれし者たち」によってもたらされたという古文が少なからず存在しますし、メソポタミアでは、「あるとき忽然と姿を消したシュメール人」は有名な逸話です。







なので私は、『シュメール人は日本人』で、『忽然と姿を消したのは、ただ単に仕事が終わって日本へ帰っただけなんじゃないの?』とさえ思っていたのです。

 

 

 

 

 


 

また、現代のイラク人にシュメールの DNA は受け継がれていないことは判明しており、実際、大変失礼ながら今を生きるイラク人にこれほどの文明を築けるDNAを持ち合わせているか疑問。







エジプトやインダスもそうですが、あれほどの文明を築ける能力があるなら、そのDNAは現代その地に生きる人々に引き継がれ、一時的に沈むことはあっても今に至るまでには何度も復活し、大いなる繁栄を遂げているはずだと思うのです。







しかしそうはなっていない。現在、彼の地の人々がその卓越した能力と類まれなる叡智でもって先進的な技術で世界を牽引しているかというと、全くそうではないのです。





せいぜい過去の文明に縋って微益を得てるのみ。その文明解析は西欧頼みで、その地の人々に受け継がれているはずの知恵も確かな史実も存在しないのです。

 

 


 

 

そこで、私はこれまで得た情報を元に、現地で何か発見できるか、どのような感情を持つのか、シュメールはやはり日本人だったのか、ということ探ることに集中しました。







シュメールは主にイラクの南部を拠点としていたため、今回のイラク旅ではイラク大都市の中で最南端に位置し国際空港のあるバスラから入国したのですよね。

 

 

バスラ文字オブジェと銅像
 

 

 

バスラの博物館におけるシュメールの遺物、またウルの遺跡を訪ね、これまで私の調べてきた、あるいは考古学に詳しい友人から確認していた内容を照合した結果、私の中では早々に結論が出ました。根拠はありますが、それを羅列するとその説明にまた5記事ほど必要になりそうですので端的に述べます。

 

 

ウル遺跡、シュメール文明のジグラット

 

 

 

「シュメール≠日本人」

 

 

 

 

 

 

シュメール人は日本人ではない。

 

 

 

 

 

 

正直言ってレベルが全然違う。

 

 

 

 

 

シュメール文明と同じ時期の日本はコレですよ?

 

 

縄文土器の火焰型土器

(縄文火焔型土器)

 

 






シュメールはコレ。壺一つとっても全く違う。



シュメール土器、縄文土器との比較






もしかしたらバスラ文明博物館は残り物しかなく、度肝を抜くような素晴らしいシュメールデザインのツボが大英やルーブルにあるかも知れません。彼らは断りなく勝手に持ち去っていますので、その叡智の片鱗を伺わせる物凄い遺物を隠しているかも知れません。しかし、コレまで私の得ていた情報と照らし合わせてもだいぶ違う。







 

現時点で日本は現存する世界最古の国です。メソポタミアやインダス、エジプトは8,000年の文明を語りますが、日本の縄文は16,000年。同年代の土器一つとっても「レベチ」です。シュメールの栄えたこの地に立ち、シュメールに関する私の結論は、







『シュメールは日本人なのではなく、「シュメールは日本人に学んだ」のだ』と。

 

 

 


 

 

日本で勉強する世界の歴史教科書はもはやどれが真実か分からないですし、そもそも古事記(AD.712)や日本書紀(AD.720)以前の日本について確かめる書物なく、縄文の真実を知る術はない。







メソポタミアやエジプトには実際に遺っているものがあるので持て囃されますが、日本にそれらが何もないからと言って縄文時代に文明とよべるものがなかったことにはならない。







日本は現代においてもそうであるように、地震、津波、火山噴火、台風など自然の驚異が多発する地域です。それに加えて木や紙の文化。







石文化は数千年遺るでしょう。バビロニアやウルク、エリドゥなど泥や砂が数千年でほぼ土の塊になる。それ以上に、木など脆いものです。300年ももたない。その上に自然の驚異が頻繁に起こる環境で、縄文時代の住居やなんかが数千年も残る訳がない。







だからといって「遺っている形跡がないから、文明がなかった、文字が存在しなかった」ということにはならない。日本は、漢字以前の日本の独自文字について片っ端から完全否定する風潮ありますが、あれは何故なんですかねぇ。縄文やその他、これまで発見されていない太古の日本の文明を「調べてみよう」という予算さえつかない。

 

 

 


 

 

話しは少し飛びますが、知り合いのフランス人に、メソポタミアの考古学に詳しい女性がおります。彼女はユーフラテス川沿いに点在するメソポタミア文明の考古学遺跡シリアのマリ遺跡や、イラクのアル・カイムを、考古学者率いるチームメンバーとして発掘作業に従事していたこともあるそうで、私がSNSにこちらのブログにも載せた遺跡の写真を掲載すると一つ一つの遺物についてかなり詳しく解説してくれます。

 

 

 

 



 

考古学に興味のある女性は珍しい。何故それほどまでにメソポタミア文明に興味を持ち、そこまで博識なのかを尋ねたところ、彼女の義父はちょっとドン引きするくらいシュメール人に執着し研究する考古学者だったそうなのです。







義父はとにかくシュメールのことばかり調査し、常々追っていたことで自分も興味を持ち始めたそうなのですが、彼(義父)はフランス人でブルターニュ出身、ウェールズ、スコットランド、アイルランド、コーンウォール、マン島の血統(要はケルト)を持ち、シュメール人のような顎髭を蓄えていたそう。

 

 

 


 

 

そして、彼女曰く「父はシュメールの血が流れていたと思う」 と。







また、義父が「シュメール語の音節は日本語の音に非常に近い」と言い、彼もシュメールは日本人なのでは?と疑問を呈していたそうなのです。

 

 

 


 

 

それらを以前から聞いていたので、「シュメール人は日本人」という仮説が満更でもないと私は考えていたのですが、しかし、それを加味してもやはり顔の骨格の違いは否めないと思うのですよね。そして上述の美的感覚の違い。

 

 

 

 


 

シュメールに美意識が全くないと言っているわけではなく、日本人(縄文人)が世界でも突出していたのだと思うのです。これは「シュメール人-日本人」に限らず、これまで192ヵ国を訪ねてその国の人々を観察してきても感じることの一つです。日本人は、あらゆる面において突出しています。







日本人は『これが普通』だと思っていることは、世界では普通ではない。自分が日本人でこんなこと言うのもアレですが、ホント全然違います。作り出すもの、編み出すもの、考え出すこと、相手に対する敬意や協調性、物事の善悪、人格、特性、気質、物質的なものから精神性まですべての面において違う。他国の民を差別しているわけではありません。もうこれは、教育や環境云々ではなくDNAですよね。








現地で感じた私の偏見でしかないですが、シュメールは日本人ではないとの私なりの結論(持論)にスッキリしました。そして、『世界の人類全てが人間と思っている日本人は、彼らの思う人間とは少し違う次元にある』という特異性を改めて知るところとなりました。しかしこれは私の心の中に留めておきたいと思います。これを読んでくださった皆様も、心の中だけに留めておいてください。爆







これにて、先月訪ねたイラクの旅は終了です。毎回いつも読んでくださり本当にありがとうございました!