聖子と二人で行く、事故後初めての休暇。金沢・北海道10日間の追悼の旅 | ロックベーシスト 西本圭介

ロックベーシスト 西本圭介

テクニカルベーシストとしてベース・マガジンでも紹介 / ディープ・パープルのグレン・ヒューズ達と共にヨーロッパ11カ国を周り、また巨匠ビリー・シーンと共にKoRnのドラマー[レイ・ルジアー]のリズム隊として登場。

 

11月後半、少し長い旅に出ることにしました。


これを書こうと思った理由は、私は現在東京の仕事を休職しています。
そのような時期に単に旅行に行っていると思われると、色々と憶測が飛び交い、働けるクセに休職している等、悪く思われる可能性もあるので、キチンと説明をしたいと思っているのです。
 

最初の目的地は石川県です。

2026年11月20日から22日まで開催される
「日本トリムPresents 第18回全国女子選抜フットサル大会(トリムカップ2026)」。
 

長女・陽子が全国大会に出場するので、その応援に行きます。
聖子は陽子のフットサルの試合の応援の帰路に事故で亡くなりました。
なのでこの全国大会は絶対に行きたかったはずです。
 

ただし、僕にとって今回の旅は、単なるフットサル観戦でも北海道旅行でもありません。


聖子(きよこ)の追悼の旅です。


 

当初は、いま補修を続けているワーゲンバスをキャンパー仕様にして、この旅に出ようと思っていました。

車中泊をしながら金沢へ行き、そのまま北海道まで走る。
 

いかにも僕らしい旅になりそうだったのですが、ワーゲンバスはまだ補修の途中。

しかも11月後半の北海道です。


いろいろな方から、

「さすがに今回はやめたほうがいい」

と言われました。
 

僕自身も冷静に考え直し、聖子の追悼の旅が私の追悼になる可能性は避けて、今回はノアに冬タイヤを履かせて行くことにしました。
 

金沢で陽子の全国大会を応援したあと、新潟まで走ります。

そこからフェリーで北海道へ。
 

聖子は生前、次男が地域おこし協力隊として活動している釧路市阿寒町へ行きたいと話していました。

結局、その願いを叶えることができないまま亡くなってしまいました。
私が最後に会話した内容も、「釧路市阿寒町へいつ行くの? あ〜その期間は僕はミュージカル公演で無理じゃわ」みたいな会話をしたことを思い出します。
 

だから今回、僕が代わりに行きます。

北海道を何日か旅しながら、北海道で旧友と再開し、阿寒町へ向かい、次男と再会する。

その後は北海道からフェリーで茨城へ渡り、東京を経由して、大阪で仕事を一つ済ませて広島へ帰る予定です。

全部で10日ほど。
 

かなりの距離を走る旅になります。
ノアは13万キロを超えていて、先日車検も取りました。
聖子の愛車だったノアもこの旅の後に故障して、手放すことになったなら本望だと思うことにしています。
 

そして、この旅には僕の中で、とても大きな意味があります。
 


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僕には、ずっと心残りになっていることがあります。

聖子を新婚旅行に連れて行ってあげなかったことです。
 

子どもたちが少し大きくなってから、家族全員でハワイへ行ったことはあります。

僕以外の家族では、台湾、ニュージーランド、イタリアなどにも旅行しています。


それでも考えてみると、

僕と聖子が二人きりで旅行をしたことは、ほとんどありませんでした。

結婚して、子どもが生まれて、仕事をして。
 

毎日の生活を回しているうちに、

「そのうち二人でどこかへ行けばいい」

と思っていたのだと思います。
 

でも、その「そのうち」は来ませんでした。

6月15日。

突然、聖子はいなくなりました。
 

あの事故のあとから、このことは僕の中で大きな後悔として残っています。

なぜ聖子と新婚旅行の思い出を作らなかったのかと...
 

だから今回の旅では、助手席に聖子の遺影を乗せます。

そして僕と聖子、二人きりで旅をします。
 

少し遅すぎるけれど、

僕にとっては、これは聖子との新婚旅行でもあります。
 


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事故から今日まで、僕は本当の意味での休暇を一度も取っていません。

外から見ると、仕事を休職して家にいるわけですから、

「毎日休みじゃないか」

と思われるかもしれません。
 

昼間から家の前でワーゲンバスを直していたら、どう見ても休日のおっさんです(笑)


でも、僕の感覚はまったく違います。

ワーゲンバスの補修。

バイクの修理。

聖子が残したものの整理。

事業の整理。

相続関係の手続き。

書類の処理。

東京の部屋の引き払い。

ホームページの整理。

売却するもの、残すものを決める作業。
 

どれも、6月15日の事故がなければ、今やっていなかった仕事です。


妻が亡くなったあと、

「もう仕事にも行かないんだから、昼まで寝て、映画でも見て、何もしない生活を当分してみよう」

と思ったこともあります。
 

むしろ、そういう時間を作ったほうが心が休まるのではないかとも思いました。

でも現実には、毎朝早く目が覚めます。
 

起きれば花に水やったり、ゴミ出しをして、パソコンを開き、ホームページを作ったり、ブログを書いたり、相続や事業整理の書類を処理したりする。

外に出れば、片付けや車やバイクの整備をする。

結局、ずっと何かをしています。
 

そして困ったことに、何もしないでいると自己嫌悪に陥ります。


僕は一日の終わりに、

「今日は1万5千円分くらいの仕事はしたかな」

みたいに、自分がやった作業を勝手に金額換算しています。


誰かから給料をもらっているわけでもないのにです。

そうやって一日の生産性を確認していないと、

「自分は何もしていない人間になってしまった。聖子に失礼だ。」

という感覚に襲われます。
 

休職しているだけなのに、自分がただのニートになってしまったような気持ちになる。

 

だから事故のあと、僕はずっと走り続けています。


精神もやられていて、ぐっすりと寝れないので心療内科に通って睡眠薬を処方してもらっています。
睡眠薬を飲まないと寝る前に頭がフル回転しだして寝れなくなるのです。
 


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だからこそ、この金沢から北海道への旅だけは、

誰かに予定を合わせる旅にはしたくありません。


観光旅行でも、家族旅行でも、誰かに付き添ってもらう旅でもありません。
 

一人で、自分のペースで走りたい。

眠くなったら休む。


景色が気になったら車を停める。

 

話したくなったら、助手席の聖子に話しかける。

「陽子の全国大会まで来たで」

「次男も阿寒で頑張っとったよ」

「ワーゲンバス、今こんなことになっとるで」

「これから俺は、こうしようと思っとる、どう思う?」

そんなことを、10日間かけてゆっくり話したいと思っています。
 

もちろん、遺影から返事が返ってくるわけではありません。

それでも一人で長い道を走っていたら、これまで忙しさの中に押し込めてきた自分の気持ちが、少しずつ見えてくるような気がしています。
 

僕が聖子に話すというより、

自分の中に残っている聖子の言葉を、静かに聞く時間になるのかもしれません。

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陽子が全国大会で戦う姿を見る。

聖子が行きたかった阿寒町へ行く。
 

そこで次男が取り組んでいる地域おこし協力隊の仕事を見る。
 

聖子が生きていたら、きっと自分の目で見たかったはずのものを、僕が見に行く。
 

それは、叶わなかった聖子の願いを少しだけ拾い集める旅でもあります。

そして同時に、

事故からずっと止まることなく動き続けてきた僕自身が、初めて仕事から離れる旅でもあります。
 

この10日間だけは、

何かを片付けるためでもなく、

何かを売るためでもなく、

誰かの手続きをするためでもなく、

僕自身の心を整理するために時間を使いたい。
 

聖子との、遅すぎた新婚旅行。

そして、

6月15日以降、僕にとって初めての本当の休暇。

そんな旅にしたいと思っています。

11月。
 

助手席に聖子を乗せて、行ってきます。

皆様、その間は静かにそっとしておいてください。