妻が亡くなった後に届いた、国民健康保険税の通知書 | ロックベーシスト 西本圭介

ロックベーシスト 西本圭介

テクニカルベーシストとしてベース・マガジンでも紹介 / ディープ・パープルのグレン・ヒューズ達と共にヨーロッパ11カ国を周り、また巨匠ビリー・シーンと共にKoRnのドラマー[レイ・ルジアー]のリズム隊として登場。

こんにちは。
本日は月参りでした。

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前回の月参りでは亡くなった聖子(きよこ)が僕のとなりに座って、僕に数珠をちゃっと手渡ししてくれて、一緒に拝んでいたなと思い出されました。


前回までは聖子は自分が直接知らないご先祖様に手を合わせていたのですが、今日はまさか自分が手を合わされる立場になるとは当時思いもしなかったことでしょう。

さて、毎回書いている繰り返しですが、妻・聖子が交通事故で亡くなってから、私のところには毎日のように、さまざまな郵便物が届きます。
 

その多くが、支払いや解約、名義変更、相続に関する書類です。

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封筒を開けるたびに、聖子がもういないという事実を、事務的な文字によって改めて突きつけられます。

今回届いたのは、聖子の国民健康保険税の納入通知書でした。
 

請求されていたのは、2026年4月と5月のわずか2か月分です。
それでも、私が想像していたより、はるかに高額でした。
アルバイトの子がMAX働いた月収くらいの金額です。
最初に見たときは、何かの間違いではないかと思いました。
 

私と娘の陽子は私学共済に別で加入しているため、国民健康保険に入っていたのは聖子一人だけです。

それでも、決して簡単に支払えるとは思えない金額でした。
 

なぜ、これほど高いのか...

通知書を詳しく確認すると、国民健康保険税は前年の所得を基に計算されていました。
 

聖子は個人事業主として「3丁目のたこボール」を営み、自分で国民健康保険税を負担していました。

国民健康保険税には、医療分だけでなく、後期高齢者支援金分、介護分、子ども・子育て支援金分なども含まれています。
 

所得に応じた負担に加え、加入者一人あたりの均等割や、一世帯あたりの平等割も加算されます。

今回の金額は、聖子が亡くなったことに伴い、4月と5月の2か月分だけに減額された結果でした。
 

市役所の計算そのものは、どうやら間違っていません。

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しかし、制度上正しいことと、遺族の気持ちが納得できることは、必ずしも同じではありません。

支払いだけが、あとから残される...
当然生きていても払った金額なのですがね...

 

健康保険は、実際に病院へ行った回数に応じて支払う制度ではありません。

その期間、必要な医療を受けられる資格があったことに対して負担する制度です。

頭では理解できます。

 

それでも私は、どうしても割り切れない気持ちがあります。
 

聖子が事故に遭わず、生きていれば、これからも健康保険の権利を使いながら生活を続けることができました。

ところが、何の前触れもなく命を奪われ、健康保険を利用する本人はもういません。
 

それでも、加入していた期間の支払いは、遺された家族のところへ届きます。
 

制度として正しいことと、遺族が納得できることは、まったく別の問題なのだと思います。

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悲しむ時間より、手続きに追われる時間
 

家族が亡くなると、遺族は静かに悲しんでいるだけではいられません。

僕も葬儀くらいまでは映画の悲劇の主人公みたく酒浸りでソファーで寝込んで、何年も悲しみに落ちていくような人になるのかな...と思っていました。



実態は泣き崩れていたのは葬儀中くらいで、それ以外は通夜、葬儀、火葬場と段取りや弁当手配などで頭を冷静にしておかないと何も進まない状態です。
この一ヶ月を振り返っても、会社で仕事しているように、朝起きたらメール確認とポストの確認をして、書類の記入や各所へ電話をしたり市役所へ行ったり、法務局や税務署に行ったり、献花台の手入れをしたり、家の掃除など所謂家事をしたりで落ち込んで飲んだくれている(もともと酒飲まないけど)暇など無いのです。
 

本当に葬儀が終わった直後から、次々と手続きが始まります。
 

銀行口座、生命保険、証券会社、携帯電話、クレジットカード、税金、健康保険、年金、車両、事業に関する契約。
 

相続手続きのためには、聖子が生まれて(出生)から亡くなるまでの戸籍を集めなければなりません。

それも約5,000円と高額です。
普通に戸籍を出してもらうことと、出生から出してもらうことは似て非なるものです。

本日も法務局で出生から死亡までの戸籍を提出したのですが、担当者から「後日原本はお返ししますね。」と言われたときはガッツポーズしたくなるくらい嬉しかったです。
それくらい、手続きに日々色々なお金が出ていくのです。


また、子どもたちは遠方に住んでいるため、印鑑証明書や委任状を用意してもらうにも時間がかかります。
レターパックを何個も買って北海道・神奈川・高知へ封書リレーです。


金融機関によって書式や手続きが異なり、同じような情報を何度も書かなければなりません。
 

電話をかけるたびに、本人確認のため、
「契約者ご本人様はいらっしゃいますか」

と尋ねられることもあります。

そのたびに、

「妻は交通事故で亡くなりました」

と説明しなければなりません。

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一日に何度も、見ず知らずの人へ妻の死を伝える。

これは、経験した人でなければ分からないつらさだと思います。
 

聖子が営んでいた「3丁目のたこボール」の後始末もあります。

食材や備品、車両、商標、契約の整理。そして、残された猫たちの今後も考えなければなりません。

 

郵便物を分類し、必要書類をコピーし、市役所や金融機関へ電話をかける。

 

気がつけば、一日が事務作業だけで終わっています。

 

忙しくしている間は、かえって気持ちが保たれていることもあります。

 

しかし、手続きを一つ終えるたびに、聖子の名前が私たちの生活から一つずつ消されていくようにも感じます。

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事故による損害として請求できるのか

私は当初、この国民健康保険税を加害者側へ損害として請求できないだろうかと考えました。

事故がなければ、聖子は健康保険の権利を使いながら生活を続けていたからです。

 

ただし、法律上は難しい可能性があります。

今回の国民健康保険税は、事故が起きる前の4月と5月に、聖子が国民健康保険へ加入していたことに対する税金です。

 

事故がなくても発生していた支出であるため、「事故によって新たに生じた損害」とは認められにくいようです。

 

交通死亡事故の損害賠償では、一般的に葬儀費、逸失利益、被害者本人と遺族の慰謝料などが対象になります。

この国民健康保険税についても弁護士へ資料を渡し、請求や慰謝料の算定で考慮できる余地がないか、確認したいと思っています。

 

請求できるかどうかと、遺族として納得できるかどうかは別の話です。

 

人が亡くなった後も、社会の請求は止まらない

 

今回、このことを書こうと思ったのは、単に金額への不満を伝えたいからではありません。

大切な家族を突然亡くした後、遺族のもとには、想像もしていなかった請求や手続きが次々と届きます。

葬儀費用だけではありません。

 

戸籍や証明書の取得費用、郵送費、交通費、契約の解約費用、税金、保険料、残された事業や財産の整理。

一件ずつは制度上必要なものでも、それが一度に押し寄せてきます。

 

遺族は、最も冷静な判断が難しい時期に、期限のある手続きを正確に進めなければなりません。

今回の国民健康保険税も、その一つでした。

 

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もちろん、国民健康保険という制度そのものを否定したいわけではありません。

 

聖子が加入していた期間の保険税であり、計算上は正しいことも理解しています。

 

それでも、本人が亡くなった後、その人の名前が記された請求書を遺族が受け取り、支払わなければならない。

その封筒を開けたときの戸惑いは、簡単には言葉にできません。

 

交通事故は、一人の命を奪って終わるものではありません。

 

葬儀が終わっても、事故の影響は終わりません。

遺族の生活には、その後も請求書や手続きという形で、事故の現実が繰り返し届き続けます。

今回の国民健康保険税の通知書を見ながら、私はそのことを改めて感じました。

 

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