聖子が亡くなって15日。今思うこと。 | バイク馬鹿 ロックベーシスト 西本圭介

バイク馬鹿 ロックベーシスト 西本圭介

テクニカルベーシストとしてベース・マガジンでも紹介 / ディープ・パープルのグレン・ヒューズ達と共にヨーロッパ11カ国を周り、また巨匠ビリー・シーンと共にKoRnのドラマー[レイ・ルジアー]のリズム隊として登場。

 

聖子が亡くなって15日が経ちました。
 

今の自分が感じていること、この15日間で経験したこと、忘れたくない出来事を、自分自身の記録として残しておこうと思います。

 

令和8年(2026年)6月15日午前4時25分頃、私の妻であり、「3丁目のたこボール」オーナー店長の西本聖子(きよこ)が、広島市西区の西広島バイパスで交通事故に遭い、救急搬送先の病院で死亡が確認されました。

 

あの日から今日までの15日間は、葬儀、行政手続き、銀行や証券会社の相続手続き、保険会社への申請、弁護士との打ち合わせなどに追われ、悲しみに浸る時間もない毎日でした。

 

それでも、この15日間で本当に多くの方々から温かい励ましやご支援をいただきました。

 

 

献花に来てくださる方、メッセージをくださる方、たこボールや私たち夫婦を大切に思ってくださる皆様のお気持ちに、心から感謝しています。
 


 

これまで広島の自宅は、聖子が一人で守ってくれていました。

私は東京・渋谷にある音楽専門学校で副校長として勤務しています。
 

子どもたちは、それぞれ北海道、神奈川で社会人として生活し、長女は高知で医学部6年生として医師を目指して勉強しています。

このような家族構成だったため、聖子が亡くなった今、広島の家を日常的に守る人がいなくなってしまいました。
 

事故以来、私は仕事を休み、広島に滞在しながら様々な手続きを進めています。
 


20年以上前の写真です。


銀行や証券会社での相続手続きは、想像以上に大変でした。(現在進行系)
 

法定相続情報一覧図の作成や各種届出には、戸籍謄本、印鑑証明書、委任状など、多くの書類が必要になります。
 

県外に住む子どもたちにも協力してもらいながら進めていますが、「マイナンバーカードの時代なのに、まだこんなに印鑑や紙が必要なのか」と感じる場面も少なくありません。
 

なんのためのマイナンバーカードなのか??
もっとデジタル認証で遠隔地でもスムーズな手続きができる世の中になってほしい。
僕自身が議員にでもなって、改革したいくらいです。


愛する人が亡くなった後の手続きとしてはあまりにも思いやりが無い煩雑な事務処理です。
私はギリギリ遂行できそうですが、高齢者だと絶対に理解できないでしょう。
 

先日も銀行で大切な書類が見つからなかったので、なくしたことをお詫びする文章兼申請書を書いた際、自分の誕生日「14日」の数字が震えてしまい、「114日」と読めるような字になってしまいました。

後日、緊急で呼び出しをいただいて店頭ですべて最初から手書きで書き直すことになりました。
数字だけを修正印で対応できると思っていたのですが、まじか!!!と思いました。
 

全文が僕の手書きの意味は何かあるのか?
申請で書くべき文章の下書きが用意してあったので、それに直筆の署名と実印でなぜだめなの??
会社ごとに決まりがあるのでしょうが、デジタル社会でまだこういう慣習があるのかと思った次第です。

もちろん銀行にもルールがあることは理解していますが、心身ともに余裕がない中では、こうした一つひとつの出来事が思いのほか重く感じられます。

またAIが発展する世の中において、このような煩雑な事務処理というのは、AIに置き換えられそうな雇用者達を守るためにワザとペーパーと印鑑にしているのではないかと思ってしまいます。

この事務処理をしてくれた担当者も私のために時間をたくさん割いているわけですから、もっと事務の簡略化は必要だと思いますね。


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そして、一つ、大きな決断をしました。
 

広島の家には、聖子が大切に世話をしていた猫が2匹います。

東京へ戻らなければならない日もあり、今後もしばらく広島と東京を行き来する生活になることを考えると、十分な世話を続けることが難しいと判断しました。
 

悩みに悩んだ末、一般社団法人サニーサイドアップ「マリコさんち」にお願いし、保護していただくことになりました。

 

その前に動物病院で健康診断を受けましたが、2匹とも健康で、感染症もなく安心しました。

実は猫ちゃんをケージに入れて事がなくて、マリコさんにお借りしたケージと洗濯ネットを使って捕獲したのですが、一匹目は洗濯ネットを被せたら大人しくなってケージへ入りましたが、もう一匹がそれを見たため、洗濯ネットに反応して逃げ回りました。

結果的に2.5時間ほど家中をチェイスして、最終的には僕はネットを後ろポケットに突っ込んで、四つん這いで猫みたいに近寄って、そこでナデナデして安心している最中で抱え込んでネットへ入れました。
騙した感じになったので、それ以降僕を恨めしいような目で見られます(涙)
 

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今後は新しい家族とのご縁を探していただくことになると思います。

 

もし今後、自分が広島へ生活拠点を移すことができるのであれば一緒に暮らせたかもしれません。

 

しかし、それがいつ実現できるか分からない以上、猫たちにとって一番良い環境を選ぶことが、今の私にできる責任だと考えました。

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聖子も、この判断を理解してくれると思っています。

 


 

自宅前の献花台についても、多くの有志の皆様に支えていただいています。

 

 

花の手入れや管理を手伝ってくださる方々のおかげで、今日まで維持することができました。

本当にありがとうございます。

 

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今後も献花台自体は残す予定ですが、お花やお菓子などのお供えについては、どうかお気持ちだけで十分です。
私が留守の際には管理ができないからです。

 

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皆様のお心遣いだけで、十分に励まされています。

 

記帳ノートには、お客様や地域の皆様、小学生の皆さん、お子様たちからも温かいメッセージが寄せられていました。

 

 

一つひとつ読ませていただき、何度も救われました。

 

また親友の娘様からフォトフレームを作ってもらいました。
聖子の写真を入れて飾っています。

小さな応援者達のためにも塞ぎ込んでいる場合ではなさそうです。

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今日は、一つの節目になる出来事がありました。
 

警察から連絡があり、事故証明などの手続きのため、私の電話番号を加害者へ伝えてもよいか確認がありました。

事故直後は、精神的に加害者側と会話をする余裕がなく、電話番号の開示は控えていただいていました。
 

ただ事故証明がないと手続きできない保険もあります。
事故証明書のためにも連絡先の開示は必要だと判断しました。

 

わたしが当初は連絡先を開示していなかったため、これまで加害者や関係者から直接の連絡はありませんでした。

しかし本日、電話番号の開示に同意したところ、午前11時43分に加害者の方から初めて謝罪のお電話をいただきました。

 

私は感情的になることなく、謝罪の言葉を受け止め、短いやり取りで電話を終えました。
「保険会社にも電話を伝えていいですか?」と聞かれたので、「お願いします。」と簡単な返事をしました。

電話を切ったあと、「何か伝えるべきことがあったのだろうか」と考えました。

 

怒りをぶつければ気持ちが軽くなったのか。

もっと違う言葉を返すべきだったのか。

答えは今でも分かりません。

 

ただ一つ言えるのは、どれだけ謝罪を重ねていただいても、聖子は帰ってきません。

だからといって、謝罪に意味がないと言いたいわけでもありません。

 

誠実に向き合っていただけることは、とても大切なことだと思っています。

 

これから保険会社や関係者とのやり取りも始まります。

私は特別なことを求めているわけではありません。


ビジネス的な観点で故人を値引きするような対応はしてほしく無いなと...

一つひとつの対応を誠実に進めていただけることを願っています。

 

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事故の詳しい状況については、現在も正式な説明を待っている段階です。

今後、警察などから説明を受けることになると思います。

 

今回の事故を経験して、改めて交通事故は誰にでも起こり得るものだと感じました。

 

私はバイクが大好きです。

 


 

今回の件があったからといって、「危ないからバイクは乗らない方がいい」と声高に言うつもりはありません。

どれだけ注意していても、防ぎきれない事故もあります。

 

だからこそ、一人ひとりが少しでも安全運転を意識し、お互いを思いやる社会になってほしい。

 

聖子のような悲しい事故で涙を流す人が、一人でも少なくなることを願っています。

 


 

今日の電話を受けて、一つ区切りがついたような気がしています。

私の中では、これからが第二章の始まりです。
 

東京へ戻る日もあります。

また広島へ戻り、手続きを進める日々も続きます。

慌ただしい毎日は、もう少し続きそうです。

 


 

今回の出来事を通して、強く感じたことがあります。

 

人の一生は、本当に誰にも予測できません。

だからこそ、もっと夫婦で「もしもの時」の話をしておけばよかったと思います。

 

どんな人生を送りたいのか。

残された家族に何を伝えたいのか。

 

そんな話は、まだ先のことだと思っていました。

 

いつも私は冗談交じりに、

「俺がボケて何も分からなくなったら殺してくれ。」

と言うのが定番でした。

すると聖子は決まって、

「なんで私が殺人者にならんといけんのん!!」

と笑いながら返してくれていました。


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そんな何気ない夫婦の会話も、今となっては二度とできません。

「まだ先」は、誰にも約束されていない。
 

この15日間で、そのことを痛いほど思い知らされました。
 

これからも聖子との思い出を胸に、一つひとつ現実と向き合いながら、少しずつ前へ進んでいこうと思います。

 

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

 

皆様、安全運転で!!
[急]がつく運転は控えましょうね!