ライブハウスから撤退した理由 その⑨ | ベーシスト 西本圭介 オフィシャルブログ...

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ベーシストの活動と平行して名古屋スクールオブミュージック&ダンス専門学校の教務部長も務める


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開店プロジェクトというBLOGスタートが2013年08月07日(水)で、模擬ライブで実際に営業スタートしたのが、09月07日(土)です。

 

 

その当時のBLOGは以下でチェックして見てください。

 

 

https://ameblo.jp/rootwest/themeentrylist-1-10072411707.html

 

 

BLOGで連載前から開業プロジェクトは進んでいましたが、本当によくこの期間で開店まで漕ぎ着けられたと自分で感心します。

 

 

それには一緒に施工を手伝ってくれた高校時代からの親友の力無くしては不可能だったでしょう。

 

実はその彼とは開業して1年ほどで袂を分かつことになりました。

今でも彼に対しては感謝しかないのですが、直接話す機会はそれからはなくなりました。

 

 

 

 

 

 

さて、09月07日(土)に模擬ライブという形で開業はしたものの、実際にライブが埋まるのには時間がかかりました。

 

 

当時のスケジュールが残っていないのですが、2ヶ月ほどは通常ブッキングではなくて、セッション大会や楽器クリニックとかをやっていたように思います。

 

 

前のBLOGでも書きましたが、オープン当初は孤独でした。

開店祝い的にブッキングして頂けることもありましたが、まだまだ暇なことが多い状態でした。

造作をしている時期は店から出たり入ったり、友人とワーワー言いながら大工仕事をしていたので楽しかったです。

 

そういう時期が終わると朝11時には店に出て夜は12時過ぎに帰宅するような毎日でした。

 

 

 

 

 

 

 

ライブハウスの起業で難しいことは、当面の運転資金です。

 

僕は9月にオープンしましたが、まともに稼働するのに4ヶ月ほど掛かったと思います。

 

 

 

ライブハウスはその日に仕事がなければ、その日にはリカバリー出来ない仕事です。

 

もちろん夜はBARという形で営業していましたが、その当時の僕の運営が悪かったこと、認知度が低いということで、お客様が夜1か2人きたらラッキーという状態でした。

 

 

客単価は1,000円〜よくて1,500円でしたから、夜7時以降にBAR営業開始して12時前にクローズして、売上2~3,000円というのはザラでした。

 

 

お金を気にせず3~4,000円飲んでくれるような方はライブハウスという客層的には非常にレアでした。

 

 

当時は昼前に出勤したら、毎日掃除からスタートしていました。

誰も使っていなくってもトイレ掃除からスタート。

 

 

 

 

 

 

これはバルコム時代に38歳で転職したときに、今までのキャリアとかそんなことは関係なく下っ端からスタートして、トイレ掃除とか毎日やっていたのですが、その経験が大変よかったです。

 

 

そういうことをしているときに無心になって辛い孤独を耐える精神統一する時間は必要でした。

この時期はホール見学というのを強く打ち出していましたので、見学に来られる方に対しての営業の日々でした。

 

だから、とにかく店を綺麗にしておくことが大切。

 

 

特に僕のライブハウスの事業計画には既存のライブハウスは参考にせず、ホテルや外車ディーラーのホスピタリティを参考にすることにしていました。

 

ライブハウスだから汚くていい、不潔なトイレで良いというのは大嫌いなのです。

 

未だに仕事柄色々なライブハウスに行きますが、ホンマにここは飲食店の営業許可なのか??という店多いですよね(苦笑)

 

掃除を終わらせたら、ネットを更新したりBLOGをやったり、SNSをやって営業活動して....

 

ある程度仕事をすると流石にやることもなくなってきます。

 

ライブハウスの営業を無差別に電話しても意味はないですし、訪問営業するような業種でもない。

仕事がない時期に仕事を取るための広報活動といっても、実は出来ることも限られています。

 

そうなると、事務所で待ちの時間も長いのです。

 

これはとてもとても孤独なことです。

 

 

何か仕事を作ろうとペーパーワークしたり、部屋の造作をやったり、仕事に終わりはないですが、自分が自分の尻を叩いてサボらずに毎日12時間以上働き続けるのは大変です。

 

 

 

 

 

僕はミュージシャンもやっていますが、バルコムモータースではサラリーマンをやっていましたし、専門学校グループの仕事も同様です。

※気持ちはベンチャー精神ですが、雇用条件がサラリーマンだという意味です。

 

 

サラリーマン時代はチームに所属して誰かに認められたい、褒められたい、評価されたいということがモチベーションになっていたと思います。

 

 

自分が経営者であり、店長であるという全部自分の責任という状態になったときに、自分の無力さを知ります。

 

まず11時に出勤すると決めても自分がやっぱり止めたと思ったら行かなくていいのです。

自分が19時に閉店と思えばそうすることも出来ます。

当時は休日というものは存在してなく、毎日が営業日でしたから、体を休ませて何も考えないという決定をすることも自分です。

 

 

そして、お客様がいなくても無情にも家賃や光熱費の支払いが来ます。

 

 

僕はこれまでの運営でバイトに未払いとかしたことはないですし、どんなにお金なくても支払いを滞らすとか遅れることは絶対にしたくないと決めていました。

 

 

バイトに飯をおごったりも結構してましたしね。

見栄っ張りな性格なのですね。

だから月末が本当に嫌いでした。

 

 

金策時代から使い始めた愛用のポシェットに常に通帳と現金を入れておいたのですが、それを持ってトボトボと3分くらい歩いて銀行のキャッシュコーナーで支払いに行きます。

そうすると最初の数ヶ月は自分の財布には数百円だけでした。

 

 

店に帰る時は大抵「なんでライブハウスをやりたいと思ったのだろうと」後悔しながら戻っていました。

家にはかき集めた10万くらいをゴメンといって渡していました。

この時期は辛かったです。

 

 

その当時はご飯を買って食べていい身分なのかという気持ちになり、ブッキングの入っていない土日なんて、恥ずかしいという気持ちやお金にならないという恐怖でした。

 

その時は「あの嫌な上司の暴言聞くだけで、別に命取られるわけでなし、それでサラリー貰えていたなら超ラッキーな仕事だったじゃん」って後悔ばかりしてました。

 

 

今から脱サラして起業したい人に言いたい。

 

 

独立開業は精神が弱かったらオススメしません。

 

 

すぐに病欠するタイプもオススメしません。

 

 

過重労働とかブラック企業とかのワードに反応する人は絶対しないほうがいいです。

 

そういう人達は1週間でノイローゼになると思います。

 

 

僕はそういう時期に心の支えになってくれた家族や親友達が一杯いたし、経営者の先輩にバータイムで愚痴れたことなど、そういうサポートがなかったら4年前に死んでいたでしょう。

 

 

 

 

続く

 

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