日本最大の獣害事件⑥ | そうゆう星の生まれだもの・・・

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不幸を笑い飛ばしたい

重傷の厳を救出した開拓民は婦女、子供とともに六キロ離れた三毛別分教場(学校)に避難した。


遺体は運ばずエサとしてそれぞれ太田家と明景家に残した…

残酷だが、残さなければ生きている人間を狙う可能性があるため、遺族も納得せざるを得なかった…


雪道を火の明かりだけで身を寄せあいながら、列をなして歩く。

いつどこからヒグマが現れてもおかしくない道をひたすら歩き続けた。

恐怖のあまり誰も先頭になりたがらず、誰も最後尾を歩きたがらなかったという。

避難者の中にはあわてて出てきたため、つっかけや下駄の者もいたが、恐怖で寒さも感じない様子だった。


瀕死の斉藤厳は

「水!水!」

「おっかあ!!熊獲ってけれ!」


と時折うわごとを漏らしたが、やがて帰らぬ人となった。


三毛別分教場は無期休校となり、付近の家も固く戸を閉ざし武器を準備し、夜も眠れない日々を送った


十二月九日と十日の事件は十二日に北海道庁に伝わった。

十二日夕方には遠くの村からも青年団、消防組などの若者が武装し続々と三毛別に入った。


警察の部隊も来たのだが、惨劇を目の当たりにした開拓民たちはヒグマに太刀打ちできるとは思えなかった。

予想通り開拓村にはヒグマが何度も侵入し、マユ、タケの遺体だけでなく家畜や保存食の漬物を食い荒らし家の中には糞尿を垂れ流したが、張り込んだ銃撃隊員やマタギは恐怖のあまり身を潜めることしか出来なかったという。

この時このヒグマは女子の寝具や湯タンポを執拗に荒らしている。

一度女を食べると女を食べ続ける習性を裏付ける行動だ…


開拓村の村長はある決断をした。