とある留年生のこと(友への手紙) | むかし日記

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僕の古い日記です。


大学3年生では電気回路の実験の講義があった。
4人が1つのグループになって課題に取り組むのだが,途中入学した僕は,ワタナベやワダというあいうえお順で最後の方の人と同じグループに入れられた。
僕ははんだこては使ったことがあったが,電子部品を組み立てるような細かい作業はやったことがなく,かなり手間取っていた。
すると,僕の机から少し離れたところにいる実験に手慣れた同級生と助教授がこちらの様子を伺っているのが見えた。
「ちょっと,苦手なようだから,プライド傷つけないように教えてあげてくれ」
とささやく先生の言葉が聞こえた。

その助教授は,学科主任の教授,つまりは面接試験で僕に質問していた面接官の研究室の人であった。
たぶん,途中入学の僕のことを学科主任の教授から聞いていたのであろう。
すると,その同級生がやってきて電子部品の組み立てを手伝ってくれた。

実験の講義も3回目くらいになった頃,実験室には手の遅い僕とオガタだけが居残っており,時間も夕方5時くらいになっていた。
オガタが晩御飯をいっしょに食べないかと誘ってきた。
僕はいつも一人で食べていたが,オガタと晩御飯を食べることになった。
夕方の学食は人がまばらだ。
僕とオガタは,人がほとんどいなくなってがらんとした学食で,せきを切ったように話した。
オガタは留年生で一浪していたので,2つ年上であった。
僕は,
「途中から大学に来ると,派閥ができていてなかなか入れないな」
と言うと,オガタは,
「そう,オレなんか留年生なので,まるで外国に来たみたいですよ。ちょっと話しかけてもシラーって眼で見られて・・・。ここはどこ?って感じですよ」
と答えた。
僕が,
「大学ってもうちょっと明るく楽しい感じだと思ったけど,どんよりした感じやな」
と言うと,オガタが,
「このウップンをどこかで晴らさないとやってられないでしょ」
と言ってきた。僕が,
「なんかサークルとか入りたいなあ」
と言うと,
「サークルは石橋にしかないから,吹田じゃ無理ですよ」
「それに,留年したオレが言うのもなんだけど,これだけ講義があったら,サークルなんて行けない。入んないほうがいいよ」
とオガタは反対した。
「そっかあ。ますます,どんよりだなあ」
とため息まじりの言葉を吐いた。

オガタは,親の仕事の関係であちこち引っ越ししており,高校は札幌の高校から来ていた。
当時,付き合っていた彼女といっしょに札幌の大学を受験したが,オガタだけ合格せず浪人した。
それで,再受験のときは彼女が一学年上にいる札幌の大学を受験せず,吹田の大学を受験して合格したそうだ。
大学に入ってからは音楽三昧で,講義に全く出席しなかったため,留年してしまったと照れたように笑った。

オガタとの話は,これまでのもやもやをスッキリさせてくれた。

はっきり言って,楽しかったんだ。

しばらくして,オガタは僕の下宿に遊びに来た。
そのとき,オガタがタバコを吸うことを初めて知った。
大学や学食ではタバコを吸っていなかったからだ。
オガタは,タバコの灰を入れる容器を持参していて,僕と話すときはその容器を片手に持ちながら,いつも風下に移動した。
僕にタバコの煙がいかないように。
オガタは,そういう配慮ができるヤツだったことを憶えている。