僕は高校時代,ずっと寮に入っていた。
1年生は4人部屋であった。
勉強部屋では,部屋の四隅に勉強机があり,4人がお尻を向けあって勉強していた。
僕は,大阪の貝塚出身のゴトウ,湯浅出身のクワタ,箕島出身のサカと同じ部屋だった。
僕以外のみんなはラジカセを勉強机の上において,イヤホンで音楽を聴きながら勉強していた。
恥ずかしい話,僕は音楽と言えば,音楽番組の「ザ・ベストテン」を見るくらいで,そっち方面はとんと疎かった。
ゴトウが聴いていたのはYMOであった。
YMOはいわゆるコンピュータを使ったテクノポップであり,ゼビウスというゲームの音楽なんかも作っていた。
クワタが聴いていたのはアルフィーだった。
アルフィーはロックバンドで,当時,「ザ・ベストテン」にもよく出ていたので知っていた。
サカが聴いていたのはオフコースだった。
オフコースはテレビに出演しないため,全く知らなかった。
僕は彼らと部屋で二人だけのときは,イヤホンではなく,スピーカからそれらの音楽を聞かせてもらった。
いろんな曲を聴かせてもらっているうちに,僕もラジカセが欲しくなった。
サカが,
「いまはウォークマンでもオートリバースでカセットを聞けるので,買うんだったらウォークマンがええよ」
「オレのは東芝のウォークマンなので,カセットのところに,このカードを入れてラジオを聞くんやけど,いまだと,カード入れんでもラジオ聞けるやつある」
と教えてくれた。
サカの言葉で一番,印象的だったのが,
「オレ,乗り物酔いがひどいんやけど,ウォークマンを聞いていたら,なぜか酔わないんや」
という言葉であった。
僕も乗り物酔いがひどいため,実家に帰るのをためらっていた。
それで,じいちゃんにお金を出してもらって,日立のパディスコというウォークマンを大阪の日本橋のお店で買ってもらった。
オートリバースはもちろんのこと,ラジオもスイッチを入れるだけでAMとFMを聞くことができた。
寮にウォークマンを持っていくと,隣の部屋のクスミが,ウォークマンを買ったお祝いにLPをダビングしてくれることになった。
僕は急いで生協に46分のTDKのカセットテープを買いに行った。
ダビングしてもらったのは,ヤクシマルヒロコの「ユメジュウワ」だった。
僕は初めて,ウォークマンで音楽を聴くことに感動した。
というか,都会的でハイカラな感じがして,うれしさでいっぱいだった。
実家に帰る道中の3時間のバスと電車では,ウォークマンで「ユメジュウワ」を聴いた。
サカが言ったように,全く乗り物酔いがしなくなった。
3時間の道中では,「ユメジュウワ」を3回くらい聞くことになった。
それくらい聴いていると,何となく心待ちにする曲が出てくるもんである。
それが,何の曲なのかは曲名を書いていなかったためわからなかった。
後日,クスミから「クリスマス アベニュー」と「バンブー ボート」であることを教えてもらった。
時間は少しスキップして,大学の頃,中古レコード屋をよくうろうろしていた。
あるとき,中古レコード屋のCDコーナーに「ユメジュウワ」を見つけた。
ずっとTDKのカセットテープで聴いていたため,CDジャケットの写真を初めて見た。
赤と黒が印象的なデザインだった。
僕は懐かしさもあり,そのCDを購入した。
CDに挿入されている歌詞カードを見て,驚いた。
僕が好きな2曲だけが,そのアルバムの中でキスギタカオの曲だったのだ。
いい曲って,知られてなくても聴けばわかるんだということを知った。
アルバムはレコード以外にもカセットテープでも発売されていることを知った僕は,自分でカセットテープを買うことにした。
ゴトウが聴いていたYMOを買うことにした。買ったのは「アフター サービス」というアルバムだった。
そこにもお気に入りの曲があった。
「オンガク」と「カイコウ」という曲だった。
同じ頃の国語の授業で,邂逅という言葉が出てきて,驚いたことを憶えている。
次に買ったカセットテープは,当時流行っていたオザキユタカであった。
「ジュウナナサイ ノ チズ」と「カイキセン」の2本を買った。
「ダンスホール」,「シャリー」,「ソツギョウ」がいいなと思った。
のちに「ダンスホール」がオーディションの曲であり,代々木で弾き語りで歌われたラストソングであると知って非常に驚いた。
とにかく,テレビからは流れてこない若者に人気がある音楽をウォークマンで聴くということで,少しだけ大人になった気がした。
高校1年生の秋のことである。