昭和32年の僕は6歳でチンパンジー依りかは日本猿に近い存在で、銀座裏と郊外の戸越銀座を行き来する2重生活をして居た。
家族が狭い銀座裏から離れる準備期間だったのかも知れない。
朝郊外の自宅から銀座裏の母の仕事場に通う生活だから、生活の買い物も銀座裏でする事が有る。
だとからと言ってもデパートで大根やら菜っ葉を買う訳には行かないので有る。
デパートのデパ地下は今程生活物資が充実しては居ないので、その手の商品は地元と言っても銀座裏に八百屋が有る訳も無く、今日みたいにコンビニやらスーパーマーケットは無いので有るが、其処は良くした物で行商の、かつぎ屋(千葉から来る人が多かったので、千葉のオバサン)や、家の前にクロガネのオート3輪車で乗り付けて来る色の浅黒いお兄ちゃんが居た。
何だか僕はそのお兄ちゃんの黒い精悍(せいかん)な感じに思わず映画の西部劇のインデアンを感じて酋長(しゅうちょう)と言って慕って居た。
御本人も酋長は悪口では無いから、はいョ~。
その内買い物に集まるオバサン達も酋長~。
此のニンジンいくら?。
大根いくら?。
とやりだした。
何しろ誰もが行商するオバサンやらお兄ちゃんの名前を気にしないので、千葉のオバサン~千葉のお兄ちゃんと言って居た。
だから、酋長~
大根いくら?。
意外と呼びやすいので、オート3輪がバタバタと言う音を町内に響かせると酋長が来たョ~。
と声を掛け合った。
僕は、勿論酋長~。
酋長の登場だ~。
御本人も此のあだ名が満更でも無かったのか?。
後に成ってインデアン酋長のセルロイドのお面を僕にくれた。
酋長有難う~。
想いで、有難う~。
2024年9月4日





