む~みん父ちゃんの昭和昔話し「真夏の今川焼」 | 美和のブログ

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【ルームカフェ美和、自由空間しおん】は2022年10日10日より
「二子玉 しおんtake2」として二子玉川に移転、生まれ変わりました。
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昭和37年8月の僕は小学4年生。

 

大喰らいの僕はデブだからいっも腹を空かせて、町中をうろついて居たと言っても、决して家で虐待去れて居た訳では無いので有る。

充分に野生化しない様に母から餌さを頂いて居た、犬でも人でも腹を空かせると狂暴化するのが定めちゅうもんだ、と言う事を母は良く心得て居たので有る。

 

と、言っても僕は夏に成ると腹が減るのじゃ~。

 

昼ご飯の後は50円玉を持って駄菓子屋に直行定期便。

先ず2~3円のゲソ・昆布・キナコ飴・真っ赤な四角い寒天をソフト煎餅に乗せたのに・怪しげな黄色と赤のどろどろしたのに・スカスカした薄甘のマンボー。

 

この辺で河岸(かし)仕入れを変えるか?。

何しろ腹が2~3円物では塞がらないので有る。

 

5円で1ヶのコロッケにするかと言うと1串5円のオデンに行くか、と町中をうろついて居ると、此のくそ暑いのに今川焼を焼いて居るでは無いか?。

 

狂気のさただ~。

すると1ヶ10円の張り紙と目が合ってしまったのだ。

しかもポケットには10円玉1ヶ。

 

目の前には甘いアンコの今川焼。

これっきゃないのだ。

 

10円と1ヶの交換成立。

 

道端の日陰でキョウギに挟まれた丸い今川焼。

 

あちあちなので、夏にふうふう、一口、重曹の味の次にが~ん。

至福。

 

あんこじゃ~。

さすがにあんこは菓子の帝王。

 

幸せ一杯腹いっぱい。

遥か彼方の家何処。

足元が見えない程く・う・な~。

 

因みに、関西では大判焼き、回転焼き、関東では、今川焼、太鼓焼きと言うが今川焼の語源は解らんのじゃ~。

 

2024年8月25日