遺本整理の途中で
古びた本を繰っていると、白髪が1本はさまっていた。セロテープの端でホコリと一緒にそれを取り除きながら、フと「どこかでこ
んなシーン、読んだことがあるような…」と、チラッと思った。そのときはすぐに思い出すこともなく半日が経過。何の脈絡もなく「あっ
あれだ」が突然やってきたのは就寝間際。すぐに本を探し出し、ほどなく目当ての箇所を見つけた。
余談になるが(っていうか全部余談のような…)、ここ数年「せどり」なる言葉がネット上で大いに幅を利かせている。当然紙媒体
でもそれに乗っかるところが多く、普通名詞のような扱いになっている。
梶山季之の著書に『せどり男爵数奇譚』というのがあって、これが結構オモシロい。今手っ取り早く入手できるのは「ちくま文庫」のも
ので新刊書の書店に並んでいる。初出は昭和49年(1974年)。「せどり」はその道では使われていたかもしれないが、一般人にとっ
ては隠語のようなものだったろう。
<>印は引用。/は改行。
<しかし、正直に云って、この美術全集があたしを本の虜と云うか、本の虫にしてしまったのは事実です。/…それと云うのは、その全
集の頁のあいだに、細い長い髪の毛がはさまっていたり、/六巻目の中ごろの頁に、口紅をつけた指先で頁を繰った痕跡が、歴然と
残っているのを/発見したからでしてね。/あたしは、この美術全集の所有者が、なんとなく美しい人妻であったに違いない……と/思
い込んだ。/夫の帰りを待ちながら、化粧して、物憂く美術書の頁を繰っている人妻……。/(中略)あたしは、そんな空想に嬉しくなる
……と云うより興奮しましてねえ。(中略)と思って、その薄い口紅の指痕に、接吻しました。/まあ、これが私と古本とを、強く結びつけ
きっかけでしょうね。>
- せどり男爵数奇譚 (ちくま文庫)/梶山 季之
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まあ、それほどはマニアックでないにしろ、その本のもともとの所有者、しかも親交があって今は亡い一人の人間。その顔や姿、
生活に思いを馳せたという点では同じだという気がする。元所有者の痕跡はそれだけにとどまらない。メモだったり映画の半券だった
りして、興味は尽きない。が、一方やっている作業はそれらの想念とはまったく逆で、ホコリやヨゴレも含めて痕跡を徹底的に根絶し
ようとするものだから、オモシロイというかなんというか…。閑話休題。感謝と合掌。
8割方からの進行状況は芳しくない。明日からは、ボロボロの和書に取り組みたい。