④ 『約束』
翌朝九時。
「行こうか」
新平が差し出した手を掴んだ。
翌日、深緑溢れる千曲川沿いの駐車場に車を停め、
そこから布引観音に向けて二人は歩き出した。
駐車場からは直ぐに険しい山道となる。
健常者でも片道十五分は掛かる距離だ。
衰えた章子の足で、どこまで行けるのか、不安の中での登山となったが、
歩き出して五分、章子に疲れが見え始めた。
「少しやすもうか」
「そうね」
立ち止まって、弱々しく息を吐いた章子に、
この先の山道を歩けるとは思えなかった。
「これを」
「え?」
新平は背負っていたナップザックを章子に渡し、
背を向けてしゃがみ込んだ。
「貴方、どうかしたの?」
「昨日、約束しただろう。俺がおぶって行くと」
章子は驚いた顔で言った。
「何言ってるの。あれは冗談よ」
「俺は冗談を言ったつもりはないよ」
「無理よ。貴方だってもう若くはないんだから」
「お前の一人や二人、どうってことはない」
章子は新平の背中をじっと見つめた。
けっして広くは無い背中が、あの日のように大きく見えた。
「いいから、早くしろ」
「はい」
章子は新平の肩に手を回し、背中に乗った。
「しっかり捕まってろよ。よいしょ」
新平は章子の杖を使い、立ち上がった。
「ほんとに大丈夫?」
「ああ、軽いもんだ」
心もとない足取りで新平が歩き出した。
「どうだ、全然大丈夫だろう」
だが、それもまた五分とは続かなかった。
「はあ、はあ」
息が切れ始めた新平に章子が言った。
「貴方、降ろして。もう十分よ」
「まだまだ」
「駄目よ。貴方が倒れたら私困るわ。お願い」
新平は立ち止まり、章子を降ろした。
「情けないもんだな。歳を取ると言う事は」
新平はナップザックからお茶のペットボトルを取り出し、投げやりに飲んだ。
「そんなこと無いわ。貴方の足だって怪我してからは昔と違うもの。
そうだわ!貴方、行って来て。お願いだから」
口を真一文に引き結んだまま、じっと山道を
観ていた新平が振り向いた。
「でも、せっかく来たんだから…」
すると、新平は少し悲しげな笑みを浮かべて章子に言った。
「俺はお前と行きたいんだ」
「貴方・・・」
その時だった。