サワディーカー
タイからロンファです
20歳で結婚、出産
23歳で1度目の離婚
友達には、生き急ぎ過ぎ~と言われた
今回は 第4弾
前回までのストーリーはこちら
離婚となると、まず子供のことが気になりますね
:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
ロンファの場合…
① 働いていないので安定した収入がない
② 元 夫は一人っ子で今後、孫ができない可能性がある
:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
ということで、親権はもらえませんでした
元 元夫が親権を持つことになったのですが
結局 育てていません
元 元夫のご両親に託されました。
それも・・・
子供は、愛知から遠い四国の愛媛の地に・・・
元 元夫といえば
前回の記事でお伝えしたように
ロンファの伯父の会社で働いている
愛媛といえば、最低賃金が低い
仕事があまりない
このような理由もあり
愛知で仕事をし続けた元 元夫
ということで・・・
子供は、3歳になる前に
両親からいきなり離れ離れで
おじいちゃん、おばあちゃんと住むことになった
ロンファは、まず・・・
仕事と住むところを探さなくてはならない
23歳だが
バブルがはじけた後だったし、
本籍が愛知県にないということで
面接すら拒否られたこともあった
(今なら ちょっと問題かな)
あるギャラリーの書類審査に合格した
勤務先は、愛知ではなく
神戸
社長秘書のお仕事
が、その当時 携帯やPCはなく
固定電話連絡
ロンファは、連絡先を母の家にしていた
母は勝手に断った
何の断りもなく
ロンファに知らせる前に・・・
けど、それはそれでよかった
なぜなら・・・
それから、5か月後に
阪神淡路大震災が起きた
仕事は、寮付き送迎付き
期間派遣社員
このお仕事
4勤2休
4日働いて 2日休み
おまけに早番と遅番があり
早番終わりで、遅番始まりだと
ほぼ丸3日の休みになる
元 元夫のご両親が子供を
愛媛で育ててくれているわけだが
ありがたいことに
子供に連絡すること
会いに来ることを
快く許してくれていた
この丸3日のお休みを利用し
月1で
子供に会いに行く
その後 正社員として就職した会社では
夏休みが1週間あり
(お盆休みとは別で)
その時を利用して
愛知県に連れてきたり
母のいる鹿児島に行ったり
親戚がいる大分に行ったり
たくさんお出かけした
離れていてもお母さんは
あなたのことを忘れずに
たいせつに思っている
週に3回 1回 20分と決めて
電話もする
その頃は、まだ県外への長距離電話は
高額だったからね
季節ごとに
手作りの洋服やカバン
コートなどを送る
お手紙も書く
子供も保育園で習った字を使って
わたしに手紙を送ってくれる
もちろん、小学校の入学式も行かせてもらった
運動会も・・・
離婚した嫁だが、元 元夫のご両親は
とても親切にしてくれた
一時期、元 元夫とも
ご飯に行ったりした
その時に、復縁の話しもした
だが、子供のためという理由だけでは
無理があるよね・・・
ということで、復縁はやめた
小学一年生からは
ジュニアパイロットで一人で飛行機に乗る
子供はたくましく育ったが
お母さんとずっと一緒に居たい
その思いがどんどん強くなった
離れ離れになってから7年
まだ小学4年生だが
子供の意志が強ければ
家庭裁判所に親権の変更の申請ができる
もちろん、母親が育てていけるだけの
環境が整っている
それも条件だ。
初めは、15歳くらいまで
待たなければいけないと思っていた
けれど、9歳でも
子供の意志の強さで
裁判所は許可を出してくれた
元 元夫も裁判所に呼ばれ
合意してくれた
おじいちゃん、おばあちゃんは
7年間 とても大変な思いをして
育てたのでとても不服だったが、
裁判所が決定したし
なんせ、孫の切実な願いだから
許してくれた
こうして・・・
長い7年間の離れ離れの親子生活が終わった
最後まで読んでいただきありがとうご財増す
もし、愛する子供と何らかの理由で
離れて暮らしているあなた
あなたのその愛が子供さんに届きますように
今をきっかけに
テレパシーで愛を送ってみたり
メール送ってみたり
何か行動してみよう
タイより愛を込めて
龍華(ロンファ)