国や文化が違うと価値観も違ってくるのですから自分の価値観は普遍的なのか?と考えることはとても大事
グレーゾーンの子どものミカタのマツジュンです。もう35年も前のことになりますが、当時は日本では自己肯定感という言葉を聞いたこともありませんでした。それが夫の転勤で中学二年生と三年生の息子たちと一緒に引っ越したアメリカのシアトルで、一番印象に残った言葉が自己肯定感でした。当時のアメリカでは、担任の先生、スクールカウンセラー、医者や看護師などがチームとして、一人の子どものケアをしていました。そしてそのチームは、その子の自己肯定感をどうやって上げるかを共通目標として頑張っていると言われて驚きました。その子をどんな良い子にするのか?ではなく、その子の自己肯定感をどうやって上げるかを考えてくれていたのです。その視点の違いは大きいですね。その子の少しでも良い所を伸ばそうという共通認識があるのは、子どもにとって幸せな ことだと思いました。そして英語と日本語の大きな違いを感じたのが、英語では他と違っているはdifferentで、間違っているはwrongで違う言葉です。日本語でそれは違う!と言ったら、他と違うのか?間違っているのか?があいまいで分かりにくいです。だから子どもが「あなたは違う」と言われた時に、それは他の人と違うのか?それとも間違っているのか?が分かりにくいと思いました。人と違うことは良いことで、間違っていることは悪いことですから、まるで意味が変わります。日本の協調性を大事にする文化では、他の人と違うことは間違っているとの認識があったのかもしれません。文化の違いですね。国や文化が違うと価値観も違ってくるのですから、自分の価値観は普遍的なのか?と考えることはとても大事だと思います。