グレーゾーンの子どものミカタのマツジュンです。
東京新聞の本田秀夫教授の記事で、心に残った文章がありました。
「発達障害の人たちをどう支援すべきか」
例えば、ASDは診断の対象になっているといっても、発達の定型からの「逸脱」ではなく、特有の構造と発達過程を示す「変異」で、「治療」という言葉がなじまないところがある。
確かに病気だと治療ですが、ASD(自閉スペクトラム症)は病気ではなく、治療?と言うと不思議な気がします。
自閉症の子どもを治療するとは言いませんよね。
もちろん固有の対人関係の苦手さや、特定のものごとへの強いこだわり、感覚の過敏などは少しでも改善するように、行動療法などを使うことはあります。
それでも薬でその特性が変わるわけではなく、本人の成長や周囲の対応などで、少しずつ行動が変わっていくのです。
長男は今年で50歳になりますが、基本的に対人関係は苦手で、できれば一人が良いのは変わりませんが、職場や家族との関係の中で、少しずつ世間話もできるようになりました。
それでも1人も友達はいなくて、休日に誰かに会ったり、誰かと出かけることはありません。
それが寂しいのではなく、他の人に気を使って疲れてしまうよりも、自分一人でマイペースで動く方が楽しくて、そちらを選んでいるのです。
それを私の価値観で、友達は必要だから作りなさい!とか、薬で友人が作れるようにしてあげたいとかは思いません。
行動や考え方がユニークなだけで、それが治療が必要な病気だとは思えないのです。
本田教授も「子ども時代にASDと診断されながら成人後に大きな問題なく社会生活を営んでいる人はめずらしくない。」
「彼らの特性をゼロにすることを目指すのではなく、特性を生かして、やりたいことを思う存分できるように支援し、受け入れていくべきだ」と書かれています。
私が長男に対して、彼の特性を受け入れて、やりたいことをやらせてあげてきたことは間違っていなかったと嬉しくなりました。
おかげさまで、友人がいなくても、こだわりの強いオタクでも、ちゃんと仕事を続けていて、職場での人間関係はなんとかなっているので、成人後に大きな問題なく社会生活を営んでいると言えると思います。
子育ては子どもを受け入れ、子どもの成長を支援することです。
明日から一泊で八ヶ岳音楽堂のコンサートへ行きますので、ブログを二日間お休みします。
親も楽しむことは大事ですね。