グレーゾーンの子どものミカタのマツジュンです。
子どもの気持ちに同情するのは、かわいそう!と心の中からわきあがってくる感情です。
感情は自然に心にわきあがるので、とても個人的でその人の感性で違ってきます。
だから訓練しても同情できるようにはなりません。
その人の持って生まれた感性や育った環境などで違ってしまうのです。
同感はその人の価値観で決まることが多く、価値観が変わらないと、訓練では同感できるようになりません。
でも共感は、「自分はそう感じないけれど、このタイプのこの環境のこの人は、もしかしたらそう感じるのかもしれない。」と客観的に想像してみる知的作業なのです。
共感を分かりやすく「他者の靴をはいてみる」と言うことがあります。
他者の靴をはくためには、自分の靴を脱がないといけません。
つまり自分の価値観とか感じ方を脱いで横に置いてみる。
そして他者の靴をはいてみて、この靴ならこう感じるのかな?とか、他者の感じ方を想像してみるのです。
どうしても親は子どもと同じ価値観と思い込みやすいので、子どもに同感や同情はしやすいのですが、子どもを違う感性や考え方を持っている個人として認めにくい気がします。
先生方がクラスの子どもの話を聞けても、わが子の話はなかなか聞けないと嘆くのは、わが子は客観的に聞きにくいからだと思います。
私も他の子の話をちゃんと聞けるのに、わが子の話はすぐさえぎりたくなるし、平気で否定してました。
子どもが問題を持っていると思えないと、親が問題を持ってしまい能動的な聞き方ができません。
親業(ゴードンメソッド)で、なぜ自分が子どもの話を聞けなかったのが理論的に分かり、とても納得しました。
親は子どもに同感させようとして12のお決まりの型で色々と言いたくなり、共感して能動的な聞き方が出来ない場合が多いのです。