グレーゾーンの子どものミカタのマツジュンです。

 

三番目の ちゃんと私を「見て」「聞いて」「信じて」

 

これは親にはとても痛い言葉ですね。

 

親は子どもを見ているようで、つい忙しくて見ていない。

 

子どもの話を聞いているようで、つい聞き流している。

 

子どもを信じようと思うけれど、裏切られてばかりでなかなか信じられない。

 

親業(ゴードンメソッド)の「行動の四角形」がとても良かったのは、それを使うためには相手の行動を見て感じないといけなかったのです。

 

だから意識して子どもを見るようになりましたし、その子どもの行動を見て自分がどう感じているかに敏感になれました。

 

最近とても心配しているのが、電車や公園で会うお母さんたちが、子どもを見ないでスマホの画面ばかり見ていることです。

 

子どもと一緒にいても、子どもを見ないでスマホの画面を見ているのです。

 

誰の詩だったのか覚えていないのですが、子どもの詩で「私はお母さんのスマホになりたい。お母さんに見て欲しい」という内容を読んでショックだったことを覚えています。

 

私もついスマホを見てしまうので、見たくなる気持ちはとても良く分かります。

 

私達の時代は、子どもにテレビを見せないとか、ゲームをさせないで親は悩みましたが、最近は親がスマホばかり見ないように気をつけないといけない時代になったのです。

 

どうか、子どもは親に見て欲しいので、意識して見てください。

 

そして聞き流さないで、意識して子どもの話を聞く。

 

受動的な聞き方の、黙って聞いたり、あいずちを打ったり、それで?とうながすのも良いです。

 

できれば子どもが聞いて欲しがっている時は、「能動的な聞き方」で、その言葉や気持ちをフィードバックしてあげる。

 

「それができて嬉しかったんだね!」「それをして楽しかったのね!」「完成しなくて悲しかったのね」「お友達に取られて悔しいのね」など、嬉しくても悲しくても、そのまま言葉にして返してあげる。

 

フィードバックされると、子どもは親が聞いてくれて、自分の気持ちを分かってくれたと感じます。

 

子どもの「聞いて」は、自分を見て聞いて分かってほしいのです。

 

「信じて」は明日書きます。