グレーゾーンの子どものミカタのマツジュンです。
昨日は「過去と相手は変わらないけれど、未来と自分は変えることができる」と書きました。
つい相手の行動などが気になり、相手を変えようとしてしまうのですが、実は相手を変えるために100の力を使うならば、自分が変わるためには少ない力しか必要ではありません。
しかも相手を変えるためには、無理やり力を使うか、権力をつかうか、お金を使うか大変な思いをしないといけません。
でも自分の考え方を変えたり、自分の価値観を広げたり、自分が行動するのは自分の意志の力なので、他人を変えるよりも、自分が変わる方が可能性があります。
ただこれにも個人差があり、私は自分で考えて、良いと思えたら、すぐ目からウロコが落ちて、考えを変えることができます。
でも自分が変わるのが怖かったり、どうしても自分を変えたくない人もいます。
私の親しい友人は息子の大学受験の時に、「自分の価値観は45年かけで作ってきたものなので、簡単には変わらないし、変えたくない」と言って、3浪をするよりも大学へ行かないことを選んだ息子を認めるよりも、自分の価値観を大事にして、息子を追い出す方を選びました。
彼女にとっては、大学へ行くということはとても大事なことで、3浪するよりは大学へ行かない方を選んだ息子が信じられなくて、認めることができなかったのです。
とても成績の良い息子で、本人も家族も塾も良い大学へ入ると信じていたのですが、どうしても試験に弱くて、どこにも合格しませんでした。
もちろん目標を下げればどこかの大学へは入れたのですが、良い大学でないと意味がないとのお母さんの価値観に縛られて、とうとう3浪が決まった時に、息子が燃え尽きてしまいました。
お母さんとしては、せめて大学へは行かないと、人生のスタートでハンディを持つようで、息子が苦労して不幸になるから、なんとかして大学へ行かせたかったそうです。
でも変ですよね。
息子の幸せを考えて、大学へ行かせたかったのが、いざ息子が大学へ行かないと決めたら、家から追い出すのですから。
親に追い出された息子は不幸だと思うのですが、スタートは息子の幸せのためでも、彼女の価値観に合わない選択をした息子の存在は許せないそうでした。
我が家の長男も大学へは行きませんでしたし、それは長男の選択なので尊重して、どこでも良いから大学へ行きなさいとは思いませんでした。
でも彼女に言わせると、我が家は小学生の時から苦労して、私はまだ30代で親業を受けたので、柔軟に価値観を広げられたけれど、自分は急には変われないのだそうでした。
それでも相手を変えることにこだわると、決裂してしまうので、ぜひ自分を変える努力をして未来を変えて欲しいと思います。