グレーゾーンの子どものミカタのマツジュンです。

 

私はベストセラーになる前から、プレィディみかこさんの本のファンでした。

 

「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」は、イギリスで超マイノリティとして暮らす、みかこさんの息子さんの日常が生き生きと描かれています。

 

私は題名に魅かれて読んだのですが、難しく多様性とか、あるがままとか言うよりも、息子さんがどうやって多様性を理解し、世の中を理解していくのかがとても興味深かったです。

 

この本は「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2」の続編が出たぐらいのベストセラーです。

 

特に、自分と違う人を理解するのに、同情のシンパシーではなく、共感のエンパシーが使われ、それを息子さんが「他人の靴を履く」と表現しているのが印象的でした。

 

彼女の新しい「他者の靴を履く」を読みましたがエンパシーを分かりやすく書いてくれています。

 

これは違う考え方の相手に対して、その人の立場だったら自分はどうだろうと想像してみる知的作業です。

 

自分の靴を脱いで、他者の靴を履いてエンパシーするか、自分の靴で他者の領域をずかずか歩くのか?は大きな違いがあります。

 

他者を他者としてそのまま知ろうとする。

 

自分とは違うもの、自分は受け入れられない性質のものでも、他者として存在を認め、その人のことを想像してみる。

 

それが臭くて汚い靴でも、感情的にならないで理性的に履いてみる事。

 

自分の靴が脱げないと他者の靴は履けません。

 

自主自立の人は自分の靴にこだわらないで、自由になれるので、他人の靴を履くことができる。

 

親が子どもを理解するのは、感情的にならないで、理性的にわが子の靴を履いてみる。

 

そして自分とまるで違う子どもの立場なら、自分はどうだろうと想像してみることが大事です。