本中毒、映画中毒、仕事中毒、そして...恋愛中毒 -60ページ目

老女の死

学生時代の友人の母親が亡くなったという連絡が入った。
当の友人は、親不孝な事に既に鬼籍に入っている。

学生時代の僕らは、度々、その友人の家に遊びに行き、そのまま3日くらい居座り、野球をしたりゲームをしたり映画のVTRを観たりして過ごした。
さぞかし迷惑だったろうと思うのだが、友人の母親は特に迷惑がる様子もなく、食事や風呂を準備してくれて、僕らの滞在を楽しんでいる風でもあった。
彼女も昔の日本の映画について造詣が深く、映画ばっかり観ていた僕らの話題にもすんなり入ってこれた。
この母親があってこの息子があるのだと、僕は友人の事を考えていた。

僕らはその友人を好きだったのだが、同じくらい彼の母親も好きだった。

友人が亡くなった時、一人息子を失って残された年取ったご両親の事が気になった。
近くにいる旧友は数ヶ月おきにお宅に様子を見に行っていた。
やがて友人の父親も亡くなる…

一人残された母親はきっと寂しい一人暮らしだったのだろう。
僕自身、もう少し出来る事はなかったのかと反省するのだが、日々の忙しさと五百キロの距離にかまけてしまった。
反省しきりだが、もう取り返しはつかない。

■映画 『007 スペクター』2015



公開後2ヶ月にしてやっと007シリーズの最新作を映画館で観る。

主演のジェームズ・ボンド役がダニエル・クレイグに変わってから、内容がやたらに重くなり、そして上映時間もやたらに長くなってる。
映画の視聴体験をお腹いっぱいに味わえるのは良いのだが、少し食傷気味。
第一作目の『カジノ・ロワイヤル』が一番面白くて、どうも段々につまらなくなる。
前作『スカイ・フォール』とかは劇場に出かけたことを少し後悔した。
そういう印象があるので、本作も少し敬遠してしまった。

映画全体のティストはあまり前作までと変わっていない。
重いししつこく長い。
救いは本作にはきちんとヒロインが居ることか…

ただし導入部はやたら良い。
この導入部だけでこの映画は見る価値がある。
メキシコシティの死者の祭りのモブシーンを背景とした長回し1カットでボンドの活躍を見せる。
この長回しがどういうカメラワークで撮影されたのかよくわからない。
街路のモブシーンから始まって女性を伴うボンドを捉えたカメラはそのままボンド達についてホテルの建物の中に入っていく。
ボンド達にくっついてエレベーターの中にカメラが進むので、手持ちカメラかと最初は思っていたのだが…
客室に入った後に、女性を置いてボンドがバルコニーから屋上へ出て次々と隣のビルに移動していくのを空撮で追いかける段に至って、あ、これはカメラドローンによる撮影だなと気がついた。
最新の映画撮影の実態を想像させる。
背景のモブシーンが延々と続いているので、合成ではなく実際にエキストラを使って撮影されたのだとしたらもの凄い力作だ。

この手のシーンで圧倒された体験は、黒澤明の『天国と地獄』の横浜伊勢崎町のシーンと、イアン・マキューアン『贖罪』が原作の『つぐない』のダンケルクのシーンくらい。
こちらの期待や想像を遙かに越えたシーンを見せられて、単純に感動する。
いやいや良いものを見せてもらった。


しかし、この導入部のシーンに比べると、秘密基地のシーンやロンドンでのクライマックスのシーンはつまらない。
アクションの勢いとリズムに頼った凡庸なカットが続く。
力の入れ方が逆ではないのかと思う。
いや…メキシコシティで許されるロケ(交通規制や立ち入り制限)も、先進国のロンドンではままならないのかも知れない。

桜島の噴火と台湾の地震

週末に出張から帰ってくると、桜島が噴火していた。
テレビやネットで動画を見ると、山頂付近から真っ赤な粉石が爆発的に吹き上がり、その後に舞い上がった噴煙の中で稲妻が走り、大変な噴火の様に見える。
しかし地元鹿児島の方々へのインタビューでは、この程度は普通、日常茶飯事らしい。
気象庁の情報でも数ヶ月ぶりに噴火警戒レベルが3に戻っただけで、大きな自然災害という扱いではない。
たぶん洗濯物の事を考える主婦の方々だけが、ちょっとイヤな気持ちを感じているのだろう。

そんな風に思いながら眠りについた。
朝に起きてみると、今度は台湾で大きな地震があったというニュース。
映像を見るとビルが倒壊している。
21年前の阪神淡路大震災を思い出す。

更に昼のニュースで人々が救出される新しい映像が流れる。
しっぽをプルプルさせたチワワを、消防隊の方々が手渡していく状況が撮されている。
一瞬、災害救助犬かと思ったが、チワワの腰の引け方が素人のそれで、倒壊したマンションの住人のペットだろうと知れる。
この映像は世界中に配信されているのだろうから、このチワワは今日だけ世界で一番有名な犬になったなぁ…とぼんやり考える。
同様に避難している住人の方々も映っているのだが、チワワの方が印象に残る。
そんな自分の脳の作用に、ちょっと不謹慎の様な気がする。
これはどういう事なのだろうと考える。
これだけ小さなタイムラグでニュースを見ても、僕にとってはまだテレビの向こうの話で当事者意識はないのだろう。