誰かにとって
「誰の存在だって世界では取るに足らないけど
誰かの世界はそれがあって造られる」
これは、BUMP OF CHICKENの「Supernova」という曲の一節である。
「私は、他人に絶大な影響を与え得る存在なのだ」
なんて思って生活しているのは、ごく一部の人間だけでしょう。
一方、「自分なんて、誰かに影響を与えられるような立派な存在ではない」
と思ってしまいがちな私。
ただ、
誰かにとって自分が必要な存在だとしたら、
それはとても喜ばしいことです。
と同時に、自分の世界を造ってくれている人がいるということも
素晴らしいことなのだと思います。
私の世界を造ってくれているすべての人に
ありがとう。
ここに書くこと
「相手に求める」というのは自分勝手なことなのか。
相手に求める前に自分はどうなのかもっと考えるべきだというのはよくわかる。
ただ、
その人が自分にとって大切な人で、
その人が自分をもっと成長させてくれるという確信があれば、
「相手に求める」という行為は自分勝手な行為ではないような気もしてくる。
無論、「自分をもっと成長させてくれる」と言っている時点で、
自分勝手ではあるのだが。
大切なのは、
相手がいてくれたことで自分がどのような人間になれたか、
そうやって、成長することができた自分が相手に何をしてあげられるかという、
give&takeなのだと思う。
そういった意味で、
「何かを変えたいと思ったらまずは自分から」っていう私の座右の銘には
いろんな思いがあるんです。
人は、一人では成長できない。
だから、「相手に求める」ということに劣等感を持ってはいけないと思う。
相手に求めたものの
二倍、三倍のものを自分が返すことができれば、
「相手に求める」という行為は、自分勝手とは言えなくなるのではないでしょうか。
ここに書くことは、
やっぱりまとまりがなくなってしまう。
まぁ、そのための日記だからいいのか。