浅倉透のGRADコミュを見てからこいつは凄いと思ってましたが、LPが実装されてやっと自分の中である程度納得のいくGRAD考察が出来たので久しぶりにブログ書くかーと。今更感ありますが...

 

 

本文を書く前に、GRADを見たときに最高のコミュだし、シナリオライターのすごさにビビりました。まじでどういう思考をしてるんだろうか...

と思いました。コミュを見ていない人は本当に見ることをおすすめします。個人的にはGRAD編の中で透のシナリオが一番好きです。

 

 

 

本文の前に以下注意点

浅倉透のGRADだけでなく様々なシナリオのネタバレも含みますので注意ください。

個人的な感想及び考察なので拡大解釈が含まれるかもしれませんので注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

以下本文です。

 

1. GRAD編

1.1 「鼓動」

 

透は学校のカリキュラム発表会で、身近にある湿地に焦点を当てて生態系を学ぶというテーマのナレーション役(発表役)をクラスの人から任されたと言います。少なからず仕事料として300円をもらうので透はそれに応えようとします。

それを聴いたプロデューサは「GRADのことも忘れないで」という旨のことを透に伝えます。しかし、透は学校のカリュキュラムで学んだ生態系について思い起こします。湿地において食物連鎖は植物プランクトンから始まり、その植物プランクトンを最初に食べるのは動物性プランクトンであること...etc

 

プロデューサは透の「ミジンコってさあるのかな、血。例えばミジンコ。ある?心臓」という言葉にびっくりします。突拍子もないことを尋ねられ困惑していたプロデューサを見てたいた透は、「うんって言ったよ」「ちゃんとやる」と言い、GRADも並行して頑張ることをプロデューサに伝えます。

そして透は帰宅の中、「どきどき、してるかミジンコ」と問いかけミジンコについて何かを思っている様子。

 

1.2 「携帯が鳴ってる」

このコミュはハートマークのイラストから始まります。透のGRADではこのイラストが何度も出てきます。

また、学校でのクラス委員長との回想とプロデューサとの会話が交互に行われる描写が増えていきます。

 

透はナレーションをクラス委員長に任されたことを回想しており、同時に、リハーサル時にイベントで共演した大物DJの後ろに写り込む赤ジャージを着てピースしている透が話題になっていることをはづきさんからプロデューサと共に連絡を受けます。

SNSでは「後ろ誰 めちゃくちゃ可愛い」「奇跡の赤ジャー」などと拡散され、一つも投稿していないのに透のSNSのフォロー通知がどんどん鳴ります。

一方、クラス委員長との回想では、透は「浅倉さんに読んでもらいたい」「浅倉さんの雰囲気がきっと、とても合う」とナレーション役をお願いされ、透は学年で頭の良い「偉い人」である委員長にわざわざ任されたことに驚きますが、その大役を300円で引き受けます。

また、委員長から「浅倉さんは忙しいからあまり負担が掛からないようにする」と言われ、透は何か引っかかるところがあり、委員長に「忙しいじゃん、委員長のが。勉強とか」「どうやってなるの、2番。あれ、1番だっけ」と言います。ここで勉強を頑張っている委員長から、透に何かに向かって頑張る人=偉い人という意識があることがわかります。

委員長は透からの言葉に謙遜し、逆に「だって、どうやってなるの...その....アイドルって」と質問します。透はこの質問に動揺してしまい、委員長に「なったていうか、なってないかも?」「息してるだけで」と答えます。この透と委員長のやりとりの中で、透は自分自身がアイドルなのにアイドルをしていないという強い違和感を覚えているように見えます。アイドルをなのにアイドルをしていない...ただ息してるだけ....

先ほど記述したように、透のGRADではハートマークのイラストが何度も出てきており、クラス委員長との回想でもSNSで話題になるシーンでもイラストが挿入されます。前者は「鼓動」「心臓」での意味で挿入され、後者は「SNSのいいねや通知」を表しています。この描写、前者の方が頻度が高く、「委員長に任されたナレーションのお仕事」の方が鼓動が高鳴る、つまり重要であるという表現だと思います。

また、透はフォロー通知が鳴りやまない状況を「アイドルみたい」と言います。透が思う偉い人であるクラス委員長からナレーションの役を任される理由の一つに、透がアイドルだからというのもあると思います。しかし、透は自分がアイドルなのにアイドルしていないと考えています。そこには自身と他者にギャップがあるように思えます。そんな中で起きたフォロー通知が透にとっては仮にもアイドルであることを納得させてくれる一つの事柄だったように思えます。しかし、透自身は何もしていないままです...

 

1.3 「息してるだけ」

SNSの件で透は話題となり出演の依頼が多くなります。そんな中、透はとあるラジオ番組に出演します。

 

ラジオ番組に話題の要因となった赤ジャージ着て、ラジオでもピースをしたり、台本の流れではない行動をしたりします。その透の自然体でゆるい振る舞いがラジオ関係者にウケます。スポンサーも気分良くしてくれていますが、プロデューサは少し不安になります。

帰りの車の中で、プロデューサは透に「無理に、請けなくていいからさ」「そうでなきゃ、ただのストレスになってしまうことだってある」「だから...透の気持ちが大事になる」と伝えます。

しかし、透はあまり納得せず「やってなくない?そんな心配されるほど」「しんどいって言ってた、めっちゃめっちゃ頑張るだって。2番になるの」「ないじゃんそういうの」「楽勝だから」と言います。やはり、この描写から透は頑張っている委員長に「凄い」と言われたアイドルを頑張っていない状態で出来ているというギャップに悩んでいることがわかります。また、コミュタイトルから「息してるだけ」というのは「ないじゃんそういう(頑張っている何かが)」「だからない自分は息してるだけ」ということだと思います。加えて、ここでは「ないじゃんそういう」=「心臓がない」と連想することができます。コミュ「鼓動」から頑張っている委員長を見て、透も何か急かす気持ちが出たんだと考えられます。

それを表すかのように、後日の撮影では、舞台監督から透は「赤ジャージの子」という表現で言われ、「アイドルをしていない浅倉透」のイメージが先行して世の中に知れ渡っていきます。これらの現状もより透の急かす気持ちを増大させたと思います。

 

1.4 「予選」

予選前に透は、プロデューサに対して「勝ったらさ、すごい?」「偉い?」と尋ねます。これに「凄いよ」「偉いよ」と答えますが、透は腑に落ちません。プロデューサもそんな透を見て心配になります。やはり透は何か悩みを抱えており、プロデューサは抱えている悩みを把握していませんが、何か抱えていることを察していることがわかります。

そして予選後、勝利した透は「偉い?」「凄い?」「頑張った?」と尋ね、プロデューサも同様に「偉いぞ」「すごいよ」「頑張ったよ」と答えますが、やはり透は納得しません。

透はプロデューサにこの予選に勝利したら「自分は凄いか?偉いか?頑張っているか?と誰もが認めてもらえるようになるか?」という悩みを解決するかもしれない問いかけをします。しかし、頑張っていないしアイドルをしていない状態で予選に勝利してしまい、余計に自身と他者の評価のギャップの溝に苦しんでいることがわかります。そんな状態で悩みを解決する問いかけをして返事をもらっても腹落ちることはないと思います。

 

1.5 「どうしたいのかとか、聞かれても」

ダンスレッスン中に着信があり、ダンス講師に「すみません、見ていいですか」「大事な連絡かもしれなくて」と言います。これは回想で、委員長とお互いの連絡先を交換したこともあり、透の中でナレーションのお仕事が本当に重要なことを表していると思います。

しかし、マナーモードにするようにとダンス講師を怒らせてしまいます。また、ダンス講師はプロデューサにもGRADを勝ち抜くことは難しいと言い、「そういうキャラだって、ちやほやされているんでしょう?ダンスのスキルなんて、いらないんじゃないかしら」と告げます。透の自然体でゆるい性格が悪い方向に出てしまい、透の気持ちが全くダンス講師に伝わっていません。

さらに、ダンス講師は気持ちを引き締めてもらうために、レッスンをその場で取りやめて河原コース100周して出直すよう透に言います。恐らくダンス講師も気持ちを引き締めてもらう強い表現として河原コース100周を言ったのだと思います。しかし、透は真に受けてそれを実行しようとしてしまいます。なぜこんなこんな行動に出てしまったのか...

このコミュの回想の中で、透と委員長にはこんな会話があります。

透はアイドルという理由が含まれていたとしてもナレーション役を任せてくれたことに嬉しく思っており、その仕事を大事だと考えています。実際、ダンスレッスン中に連絡があってもそれに返信したいほどに。ダンスレッスンなどの今のアイドルの活動に関係する人達は「赤いジャージ」のような表面的な透しか知りません。一方で、委員長は学校での透を知っており、加えて、透と話す中でクールだけどしっかりと協力してくれる内面を知ってくれています。そのため透は、「即レスする委員長から、チェイン来たら」「委員長みたいに、めっちゃ頑張る」と委員長みたいにナレーション役もアイドルも頑張るという気持ちになったのではないでしょうか。

しかし、透はナレーションのお仕事だけでなくアイドルとしての頑張るに関する忠告を最悪な形で受けてしまいます。プロデューサは理解してくれないし、アイドルをしていない状況でGRADは予選を突破するし、他のお仕事も手応えがなく終わってしまう。そんな中でダンス講師に言われた誇張表現で透は、頑張るを証明出来る一つの行動だと考えてしまったのではないかと思います。河原コース100周はおそらくキツイけど、それは「めっちゃ頑張る」ことの一つであると...そこでも透は「ミジンコには、心臓があるか」と自分に問いています。

一方、プロデューサは透から連絡がないことを知り、透の自宅に行くが不在ということを知ります。プロデューサはダンス講師の言葉を思い出し、河原へ向かいます。プロデューサが透を見つけた時は、透は息を切らし「わからない」と言って倒れてしまいます。そして、今5周目であることをプロデューサに言い、「100周したらわかりますか」と告げます。5周したけど「ミジンコには、心臓があるか」はわからない...言い換えれば、「河原コースを5周走るというキツイことをしたけど、自身が心臓があるか(=頑張っているか)どうかわからない」ということだと考えられます。透は頑張るを証明しようとしましたが、こんな方法ではわからないと悟り、どんどん追い詰められていく様子が描写として表現されているように見えます。

 

1.6 「息したいだけ」

SNSの件以降フォロワーも増え、仕事が増加し、関係者の評判も上々な様子がわかるプロデューサの回想シーンからこのコミュは始めります。評判は「キャラがよく、いじりがいがある」「カメラの前だと絵になる」「存在感がある」といった内容で、表面的な内容が多いことや河原100周の件もあり、透がこのまま売れていくことに疑問を持つようになります。

また、透は発表会用に原稿を委員長から渡された時の会話を思い返しています。

回想の最後に「...なりたいの?そういう感じに」と委員長に質問していますが、これはコミュ「鼓動」でのミジンコでの自身への問いと同じように見えます。

ここで、場面は移り変わりバス停での会話になります。透は「事務所に寄るか?このまま帰宅するか?」という問いに「バスに乗って湿地に行く」という突発的で雑な返事をします。それを聞いたプロデューサは、「透、何か困っていることがあるなら」と心配します。

それに対し透は「『大丈夫だ』って言ってよ」と返事します。この言葉で、透自身がアイドルへどう頑張れば良いのか苦悩していることがわかると思います。これは、予選後のコミュで、プロデューサとの会話から不安などのマイナスな感情になった時、透が会話を遮って返事をする傾向にあることから考えられます。

そんな、苦悩している透に対しプロデューサは「いいぞ、行こう、湿地」と答えます。このプロデューサの返事にはWING編であった交換日誌の経験が活きていると考えられます。交換日誌は「透のことをわかりたい」という目的から行い、WING編コミュ「ちゃんとやるから」は、透とプロデューサが本当の意味で相互理解をするためには、プロデューサが『アイドルのプロデューサ』という仕事及び役割から外れ、世間体を考えることなく自然体で透に向き合うことが必要であるという内容だと筆者は考えています。この経験から、同じように世間の考えから外れ、透の冗談ともとれる発言にわざと乗っかってみたと考えられます。

そして、透とプロデューサは「川の水と海の水が混じりあう河口付近」という湿地に似た潟に来て、透はプロデューサに「走っても関係ない」「走らなくても、踊らなくても(頑張らなくても)ウケる」「大変じゃない、息してるだけ」という心情を打ち明けます。さらに、「のぼってる...って思ってたけど、わかんないや最近」と呟きます。

これはWING編での対比になっています。WING編ではジャングルジムでの思い出をプロデューサから聞いて、「今も、こここまでのぼってきて、そしたらプロデューサがいた」「てっぺん...近づいてるみたいな感じ」と言っており、GRAD編との対比により強い苦悩が感じられます。

また、透は「のぼる」という行動や過程をものすごく大事にしています。WING編のコミュ「嬉しいってこと」で「悔しいって、嬉しいこと?」とプロデューサに問う場面があります。これは、悔しい気持ちは「のぼる」ことで得られたことであり、WINGで負けたとしても本気で取り組み何か得られたことへの満足感が重要という考え方を透はしている(少なくともWING編では)と筆者は考えています。そんな、時として結果よりも行動や過程を重視する考え方をしている透が、「のぼっているのかわかんない」という旨の発言から、その行動や過程さえも定まらなくなり、どれだけ気持ちが不安定になっているのか読み取ることができると思います。

続いて透は、委員長の「食べて食べられて、どんどん太陽の命がつながって湿地を営んでるの...もちろん世界中がそう」という食物連鎖に関する言葉を思い出し、「いいよね、ここ...息してるだけで、命になる」と話します。透は「頑張っている」=「心臓がある」と考えていると記載しましたが、「頑張っている」=「心臓がある」=「命がある」とも考えることができます。しかし、「アイドル浅倉透」は頑張っていないと透自身は考えていて、自身には命がなく食物連鎖という流れから疎外されていると感じたと思います。アイドルのてっぺんを目指すには結果はどうであれ、頑張って本気で「のぼる」ことを繰り返すことで到達するものであり、その流れからも疎外されたと食物連鎖の事象とリンクして感じてしまった考察できます。

そんな透の言葉を聞いて、プロデューサは透の思いを理解し、「のぼってるよ、透はのぼりつづけてる。周りの人にどう見えようと」と言い、「頑張っているのかどうかってこと透が決めていいんだ」と言います。とてもシンプルな答えです。もともとアイドルと学業を両立しているのだから頑張っていないはずは無い。しかし、その頑張りを自身ではない誰かに認めてもらわないとダメという考え方になってしまったのが原因で透は悩んでしまいました。でも、プロデューサからの言葉を受けて透が行うべきことは透が思う「頑張る」をやるだけです。誰にも縛られずナレーションのお仕事とGRADを頑張るだけです。

筆者はこのコミュがとても好きです。バス停での過去の経験から得た世間体等を気にしないプロデューサの行動や、透が実は人間臭い悩みを持っていること。また、透とプロデューサがアイドルを目指す上で重要な言葉である「のぼる」を使いつつ、透の悩みをシンプルに解くプロデューサのセリフ。どれもシナリオライターの凄さを感じました。

 

1.7 「決勝」

決勝前の透はプロデューサに、「潟で走ってる時の息の音と今聞こえている会場の音が似ていること」を伝えます。潟で走った時に聞こえる命(心臓)の音と頑張ってパフォーマンスに向かう透の音、加えて、そのパフォーマンスを待つファンの声援の音が似ていることで、アイドル浅倉透は世界の流れから外された存在ではなく確かにここには命がある(頑張っている)ことを意味していると思います。

そんな透に対しプロデューサは、「透の海の中には、もう」「いっぱい、息してきてくれと」と伝え送り出します。

そしてGRADに勝った透は、「じゃ行こ、河原、あと10周」と言いプロデューサを驚かせます。透のらしい部分が出てきた感じです。

 

1.8 「泥の中」

最後のコミュはプロデューサが用意した顕微鏡?でミジンコを観察しているところから始まり、透はミジンコの心臓を見つけます。

また、プロデューサとダンス講師の回想シーンが流れ、SNSの件で話題となった熱も冷め、仕事も落ち着いてることがわかる描写がでます。加えて、「つかみましたから100周、走って」「彼女は、彼女の心を」とダンス講師に言います。これは、本当に100周走ったかどうかではなく、悩みであった頑張りたいという心(気持ち)を掴んだという意味が大きく占めているのではないかと思います。このプロデューサの発言は透がミジンコの心臓を見つける描写と重なって表現されており、意図して使われていることがわかります。

次に、プロデューサの回想シーンが流れ、映像ディレクターに「捕食者」と評されたことがわかります。これは、今まで透は特別何かをしたわけでもないけど仕事が楽勝に終わってしまう、そういう稀有な存在であることを表現しているのだと思います。

続いて、透の回想シーンに変わり、カリキュラムの発表会が成功した様子が描写され、委員長から「ありがとう、読んでくれて」と感謝されます。これを受けて透は、「どんな形をしたのが、私って思われてもいい、どきどきしたいミジンコみたいに。そうやって、命のひとつになって...いつか誰かが食べてくれるそういう泥の中にいたい」とプロデューサに言います。透はクラスの一体感と共に発表会が成功したこと、その中でナレーション役を成功したことでクラスの一部として頑張れたという気持ちがあったのではないかと思います。委員長からナレーションを任せれた時に透は少し驚いたことから、透自身何かしらの疎外感に近い気持ちがあったのではないかと思います。それだけに、委員長から任されことを全うし成功させたことが嬉しかったんだと思います。

また、透は「どんな形をしたのが私って思われもいい」と言っています。これはクラスの浅倉透とアイドルの浅倉透での違いから出た表現だと思います。前者は、クラスの一部として頑張った透は、アイドルの時の捕食者ような存在ではなく一般的な学生としてどきどきしながら仕事が出来た...食物連鎖でいうミジンコのように。では、後者は何なのでしょうか?

映像ディレクターは透を全部のんで輝く「捕食者」のような存在と評しています。また、食物連鎖の中で頂点に君臨する動物は頂点捕食者と呼ばれ、代表的な動物として"クジラ""シャチ""カバ"といったものが含まれています。この中で透は"クジラ"に関する生態系の動画を見たとされる描写があります(下記画像「アジェンダ283」から)。

"クジラ"はあらゆる生き物を飲み込む生物ですが、その"クジラ"でさえ、死骸は別の生物の住処になります。

 

深海底は変化に乏しい世界だが、クジラの死骸の周囲や内部には、サンゴ、イソギンチャク、イカ、巻貝、ワラジムシなど、多様な生命があふれていた。オセダックス(Osedax)属の新種骨食海洋虫の場合は、内臓に住む共生細菌の助けを借りてクジラの骨に入り込んでいく。

 

 

あらゆる生物を飲み込む"クジラ"も死後は別の生物の命の糧となる食物連鎖の一部であり、ミジンコのように次に繋がる命と同じです。このことを動画や発表会で学んでいたとすれば、透が「どんな形をしたのが私って思われもいい」と言ったのが理解できます。誰にどう思われても、ミジンコであっても捕食者であっても、食物連鎖という世界の流れの一部の命であり、頑張れば成果が付いてきて、その頑張りも自分自身で判断していいと言えると透は理解したのだから。

 

 

2. 余談

コミュ「鼓動」等で出てきた「植物プランクトン」と「動物プランクトン」の話で気になったことがあります。それは、「天塵」での夜虫光は「植物プランクトン」と「動物プランクトン」のどちらなのか。

答えは両方とも正解のようです。

 

ヤコウチュウは、生物学的な分類系統においては、渦鞭毛藻と呼ばれる広義における藻類と最も多くの共通点を有する生物であるという点や、液胞と呼ばれる植物細胞においてのみ発達する細胞小器官が大きく発達しているといった点においては、植物の性質を備えた生物であると考えられることになるのですが、それに対して、鞭毛を用いることによって水中をある程度自由に動き回ることができ、触手を動かすことによって他の生物体を捕食することによって生活を営んでいる点や、光合成という植物を定義づける最も主要な特徴が欠けているといった点においては、それはむしろ動物の性質を備えた生物であると考えられることになります。

 

 

一方で、いずれか一方に分類しなければならないとき、「植物プランクトン」から「動物プランクトン」へ変化した生物であると記載があります。

 

ヤコウチュウは、本来は植物に区分される分類系統に位置づけられる生物でありながら、植物としての最も重要な能力である光合成という能力を失うことによって、現実的には原生動物に近い存在へと変化した生物

 

 

ノクチルのユニットテーマは「さよなら、透明だった僕たち」であり、ある状態から変化し別の状態になったことを意味するテーマです。また、ノクチルのユニット名は「chill out(落ち着く)」「Noctiluca scintillans(夜光虫)」から来ていると言われており、「落ちたついた状態(幼馴染)から透明でない(アイドル)状態に変化する」という意味だと考えることができます。幼馴染もとい学生の状態が「植物プランクトン」であるかは微妙ですが、透のGRADにあるミジンコと捕食者(クジラ?)と似た序列関係であると思います。透のシナリオライターとノクチルのシナリオライターが同一人物の確証はありませんが、イベントコミュを通して幼馴染という学生の関係であったノクチルが本来の意味でアイドルになっていくストーリーであることを透のGRADを通じて感じました。

 

 

 

 

 

 

 

以上感想及び考察となります。

かなり長文になり疲れました...本来はLPの話もしようとしたのですが、あまりにも長い&もう疲れた&時間が無いという理由から辞めました。LPの感想は余裕あったらで...

正直、透のコミュは理解できないことが多かったのですが、GRADのコミュを見てからは前よりは理解できるようになり、LPのコミュを見てからは文章化できるところも増えました。(PSSR「つづく、」今でも理解できませんが...)

この長文を読んで、透及びノクチルのコミュを見る手助けになれば幸いです。

 

 

 

今回は以上です。駄文失礼しました。

こんにちは。

久しぶりの更新です。正直、【十二月短編】杜野凛世や【薄桃色にこんがらがって】で更新しようとは思ってたのですが、タイミングが合わず...

今回は、【空と青とアイツ】芹沢あさひのコミュを見て、「芹沢あさひ」について語りたくなったので書いていこうかなと思います。

 

※芹沢あさひのコミュに関するネタバレを多く含んでいるので見たくない方は注意をお願いします

 

 

 

 

 

 

1.「芹沢あさひ」について

芹沢あさひをプロデュースする中で重要なファクターとして、あさひが天才なのかについて考えを話す必要があると思います。

あさひが天才、もしくはそれに類似する言葉で形容されている理由は様々であるが、個人的にはWING編で語られている「テレビで一度見たダンスを再現」するところが多いと思います。しかし、自分はあさひについて天才だとは思っていません。これは、コミュの中であさひが一度も天才と直接的に言及されたことがないからです。プロデューサはあさひと初めて会うコミュの中で、「すごい才能の持ち主かも」と表現はしていますが直接的に天才とは言ってませんし、これ以降も言及しているコミュはありません。また、自分があさひを天才だと思わない理由は、並々ならぬ細部にこだわる努力もあるからです。そもそも、天才とは「天性の才能、生まれつき備わった優れた才能」、「人の努力では至らないレベルの才能を秘めた人物」のことを指します。あさひはコミュで語られているダンスの並々ならぬこだわりと努力からで天才ではないと感じています。また、天才は実行できた物事に関して理論を持っていると言われています。あさひはこれにも該当していないというのが自分の考えです。

 

 

一方で、あさひが天才だと言われる所以は、あさひという女の子が普通とは違う考え方や言動、振る舞いをするからだと思います。

人はいくつかの欲を持って生きています。例えば物を欲しがったり、人に褒められたかったりなどです。人はこういったいろんな軸、欲を持っている為に物事を決定する時に悩みます。一般的に人は、この自分の欲をある程度コントロールします。人がつい流されてしまう所を理性で考え、物事に順序を付けるので、結果行動に一貫性を持ちます。大事な事を成し遂げる為に、それ以外の大事なものを諦める事ができるのが人間です。

しかし、天才と言われる人は、本来人が持ち合わせているはずの欲、つまり未練というものが欠如していると感じます。例えば、人は多かれ少なかれ人からどう見えているかを意識して生きていますが、天才といわれる人の中にそういう感覚が全く欠如しているのではないかと思う人がいます。人目を気にするという未練の欠如です。欲が全くない訳ではないのですが、何か欲が所々抜けていて、代わりにある一点に、集中している。だからそこでの集中力とそこから得られる成長がとてつもなく、持って生まれた才能とともに結果として抜きん出る。普通迷うという局面で迷わない。そういう部分に違和感を感じたときに人は天才だとある人を認識すると感じています。あさひは一点に集中して周りから今どう見られているということがわからなくなるコミュがあります。そういったコミュを見ると人はあさひに対して天才に近いような感覚を持つのだと思います。

 

 

こういった考えの中で、自分は結論として芹沢あさひという女の子がコミュの中で意図的に天才のような描写はされているがそうではないという考えになりました。この理由は後述します。

 

 

2.「芹沢あさひ」のプロデュースについて

あさひのプロデュースは街頭のテレビで見たアイドルのダンスと、プロデューサーにスカウトされた事から始まります。あさひはどことなく普通ではない少し違う女の子であり、興味を持ったことに関しては一点に集中して周りが見えなくなることが多々あります。

そんなあさひに対して、プロデューサーがとった行動は、彼女の行動には逆らわず、否定せず、尊重することです。あさひがアイドルになるきっかけである「ドキドキ」を求めているのならば、そこにプロデューサーが話に乗ることで、あさひがアイドルに対する興味を失わずうまくコミュニケーションを取っていく。時に、あさひを理解出来ていなくても... そうすることであさひがアイドルとして成長させるためなんだと。

実際、このプロデュースであさひは今までとは違う反応が見えて来ます。

WING編優勝コミュでは、あさひがひとりぼっちであったと明かします。

 

続いて、【WorldEnd:BreakDown】では、あさひは知り合いから距離を置かれていたこと示唆している描写があります。

 

あさひの性格からして周りから距離を置かれていたことについて想像するのは難しくないと思います。あさひの性格や行動力に最初は興味・関心を抱いていた人でも、次第について行けなくなる。あさひはアイドルをしていて楽しいとも明かしています。あさひは今まで彼女が抱いた興味を共感出来る知り合いが居なかった。もしくは居ても離れてしまったのではないかと思います。しかし、プロデューサーはあさひを否定しないし見捨てない。あさひの個性と向き合い尊重することで最高のプロデュースが出来、あさひは本当の意味で孤独では無くなったのではないかと思います。

 

 

3.「芹沢あさひ」に共感する

自分があさひをプロデュースする中で問題点がありました。それは、あさひに全く共感出来てなかったことです。【さかさま世界】で雲が気になって色々な角度で見たり、【がしゃーんとがらがら】で自動販売機の補充が気になるから作業中にのぞいて見たり、【ジャンプスタッグ】で都内のクワガタに興味を抱いたり。正直な話、あさひは色々な興味・関心があるんだなーとは思っていたものの、あさひについてよくわからないことだらけでした。しかし、【空と青とアイツ】のコミュを見た時、初めて「芹沢あさひ」に共感出来たと感じました。

あさひはロケで訪れたお土産物屋でバットを手に取り欲しいと言います。

 

 

あさひは未確認飛行隊が来た時に打ち返したと突拍子もないことを言ったあとにプロデューサーは笑ってしまいます。

その時、プロデューサーは過去の経験から「なんでこんないらないものを買ったんだろう」という気持ちになります。これは誰もが経験したことはあると思います。

実際は、あさひに買っても「きっと帰ったら忘れちゃうぞ」と忠告します。案の定コミュの終盤で違う事に興味持ったあさひは忠告通りバットを忘れてしまいます。これも良くある話だと思います。

 

 

プロデューサーの経験があさひの行動と共感していく場面です。

ここで、初めてプロデューサーがあさひに対して共感出来たと同時に、プロデューサーを通して多くの人が初めてあさひに共感出来たと思います。あさひをプロデューサーというフィルターを通して多くの人理解してもらえるような技法になっていて本当に上手いと関心しました。

また、「芹沢あさひ」というアイドルは人の見る観点や感覚、経験次第で全く異なって見えるということです。【空と青とアイツ】では多くの人に共感しやすい経験を通してあさひに共感してもらえるよう意図的に作られています。しかし、今まではそうではなかったにしてもあさひに共感していた人はいると思います。自動販売機の仕組みや雲の形が何に見えるか等々。人が人に共感出来るポイントは人それぞれです。人の生き方や考え方で異なってくるのは当たり前です。つまり、あさひはある特定の人に多くの共感を得られるのではなく、様々な人に共感されるポイントを多く持っている無邪気な普通の少女であるというのが自分が考察した結論です。自分とは違う考え方ではあるけど、誰かがあさひと同じ考え方かもしれない。そう思うとあさひにぐっと近づいたような感覚になりました。

また、あさひはプロデューサーに配慮する場面が【空と青とアイツ】のコミュから伺えます。

 

 

あさひはプロデューサーから言われたことに対して、自分自身の探求心が壊れずにプロデューサーの意図を汲んだ。つまり、人目を気にするという未練の欠如とは異なる行動をしたと考えました。あさひもプロデューサーも傷つかない良い按配だと思います。ここからも、あさひは無邪気さに富んだ普通の少女であるという認識を持った理由の一つです。

 

最後に

ここまで「芹沢あさひ」が天才かどうかについて書いてきましたが正直な話、あさひが天才かどうかはどっちでもいいです。様々な人に共感ポイントが多いことが天才的だとか、それとは違う様々な意見がいっぱいあると思います。今まで書いて来たのは個人の意見に過ぎないので。大事なのは天才かどうかではなく芹沢あさひというアイドルの個性に正しく触れることが出来るかどうかだと思います。あさひのWING優勝コミュを見るとそう感じます。

 

今回は以上です。自分の周りにあさひのプロデューサーが多くないというのもあり少し考察が不安ですが読んでいただけると幸いです。駄文失礼しました。

 

今更ですけど、[かきまぜたら✳︎ミルク]のコミュがあまりにも良いのでそれまでの智代子のコミュも含め感想を書いていきます(ホント今更感)

 

 

今回はここらへんのコミュ内容含むのでネタバレい嫌な人はブラウザバック推奨で

 

 

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まず、[かきまぜたら✳︎ミルク]を見た人誰もが思うと思いますけど…

 

コミュタイトルがずるい

「ここから、私のアイドル」なんて絶対心にくるじゃん…

 

「かきまぜたら✳︎ミルク」の感想を書く前に、少し振り返ります。

今までの智代子は愛くるしい表情やプロデューサとの物理的・内面的の感じる差を題材とした、一緒に歩んでいくコミュが多いと思います。

特に[ちょこ色×きらきらロマン]では愛くるしい表情を見せてくれますし、

 

物理的にも内面的にも差を感じさせられるコミュが見れます。

中でも、[走れ、届け、どうか どうか]は差がありつつも失敗して落ち込むプロデューサを励ます智代子らしいコミュで好きなコミュの一つです。

 

他にも、大好きなお菓子等に関するコミュが多く、個人的には智代子は可愛らしいコミュが多くどちらかというとほっこりさせられるキャラクターだと同時に応援して行きたいキャラクター性を持っていると感じています。

 

ですが、紅蘭偉魔空珠番外地のサポートカードとして[紅蘭偉魔空珠に挑め!]が出てきて少し印象が変わりました。

[応えないのは嘘になるでしょ?]で智代子が友達の代役として283プロのオーディションに参加した過去がわかりました。

智代子は友達の付き添いでオーディションに来たが、友達がグループ課題でパニックになり代役でオーディションに参加するとそのまま合格してしまう。友達は智代子に「私じゃ無理になっちゃった夢を叶えて欲しい、ずっと応援してるから」と言います。智代子は友達の大切なものを託されたと感じつつ、役柄もありドラマの稽古に励みます。

このコミュ見たときは、唐突に来るもんだからびっくりしました。あと、正直サポートカードでこういうコミュくるとは思いませんでした…

でも、よく考えたらサポートで来る理由は普通にあるなと思いました。

だれもが最初に見る智代子の[ハロー・スイート・チョコレート]コミュでプロデューサーは智代子に「オーディションに参加してくれた、園田智代子さんだね?」と話しかけます。この「参加してくれた」が非常に重要な言葉だったんだなあと感じました。「参加した」という言葉ではなく受動的な言葉を使ってたのはこういうことなのか…なので、「参加してくれた」ことはプロデューサと智代子ではお互い知ってることですし、それを打ち明けるのは放クラのメンバーに…そう考えるとサポートだなと思いました(この、放クラのメンバーに打ち明けるのが今後重要になります)。

 

 

そんな中、[かきまぜたら✳︎ミルク]園田智代子が実装されました。

最初の[夢と憧れを追いかけていた]で智代子のパーフォマンスに違和感覚えたプロデューサは、「智代子は何か遠慮をしているんじゃないか?」、「仕事中の智代子はセーブがかっているように見える」と智代子に言います。智代子自身はそう思ってなくても、深層心理ではそういう思いがあり、アイドルになった理由からよく知ってる人からそう見られてしまう…そんな智代子にプロデューサは、

プロデューサと一緒に答えを探す。智代子のコンセプト(個人的に思ってる)である一緒に歩んでいくがプロデューサからこのタイミングで出て来たのがすごいいいなと思いました。

 

2つめの[バイバイ、そしてはじめまして]では、友達がオーディションを受けている時の回想から始まります。友達がオーディションを辞退し智代子が代役で受け、合格したことを友達に話すと、友達は受け入れてくれたし応援すると。辞退したことはショックだけど、智代子から元気をもらいこれから前を向く気持ちで出来た。智代子は友人に夢を託されます。

回想後、智代子は答えを放クラのメンバーに聞いて欲しいとプロデューサに告げます。

 

そして、[大好きなクライマックスへ]では、放クラメンバーへ、アイドルをやることに対してどこか『遠慮』みたいなのがあって、それはアイドルをするきっかけにあるんじゃないかと伝えます。友達、放クラのメンバー、プロデューサと運に恵まれて智代子がアイドルになっていることが奇跡であると。そして、

この想いを放クラのメンバーに伝えました。

今までそんなこともわからないままアイドルをしていてごめんなさいと謝りました。

智代子は自身が心のどこかで「みんなとは違う」と思いながら放クラにいました。それは、「友達の代わりにアイドルをやっているんだ」と思っていたから。まっすぐで全力なメンバーに対して違う思いを感じていたから…

でも、これからは変われるように頑張ると宣言します。それは、「友達の夢を叶えたい」という他人事ではなく「友達の夢を叶えるのが私の夢」という自身の夢を持っていられるようにという思いからでした。

その言葉を受け取った放クラメンバーは、「友達の夢でも智代子が全力ではないといこととイコールではない」、「智代子が新しい目標を持てたことが嬉しい」。加えて夏葉が、

友達の夢の先…それはすごい素敵な考えだと、メンバーは歓迎してくれました。

それを受けて智代子は、「次の仕事、見ていてください。答えをきちんと示してみせます」とプロデューサに言います。

 

ここでこの一旦コミュ終わりなんですが。いやー、プロデューサがしっかりとアイドルに対してプロデューサとしての責務を全うしてるし、智代子自身、深層心理から浮き出た気持ちにケリをつけ新しく答えを見つけた智代子が放クラのメンバーに、今までの経緯とこれからのことを伝え、それに答える放クラのメンバー。そして、次の仕事に対する思いを言う智代子…ここまで完成されたコミュはなかなかないと思います。考察とかではなくストレートに心に来ます…なおかつ、気持ち新たにアイドルとして活動する智代子がきになるし、より応援したくなるコミュでした…本当最高ですねこのコミュは…

 

 

そして、「ここから、『私』のアイドル」では、笑顔でコスチュームを身につけ、ハロウィンで子供達にお菓子をあげています。その姿はプロデューサが見たかった姿で、智代子は無事新しい園田智代子としての仕事を全うします。

 

次に、Trueコミュの「Treat and Treat」では、ハロウィンで使用したコスチューム気に入ったので、もう一度着るために、収納部屋に来て試着をしていたところプロデューサに見つかります。プロデューサはお菓子がないからトリックオアトリートは困るぞ、と言うと、智代子はむしろトリートアンドトリートと言います。甘かったり苦かったり色々なパフォーマンスでプロデューサを楽しませると。

ここで自分は前コミュのこの部分を思い出しました。友達を救っていた智代子は決心をする前からやはりアイドルだったんだなあと感じました。

 

 

[かきまぜたら✳︎ミルク]のコミュはここで終わり、少し考察したいと思います。

 

1.カード名について

[かきまぜて✳︎ミルク]というカード名は比喩を使って、コーヒーという智代子の心の中で、下の方に沈んでいたミルクという「遠慮」の気持ちがプロデューサというマドラーがかき混ぜたことによって浮き上がってきたということだと考察しました。

また、Twitterで放クラメンバーの5色を合わせると白になる。つまりミルク色になるという考察も見ました。当初は、この考察、サポートカードならあるかもしれないがプロデュースカードであるのか?と思ってましたが、ほとんどのプロデュースコミュで他のアイドルが登場してるコミュはないですし、今回は珍しいケースだと思ってるので、確かに初めて5人が心の底から同じ気持ちになったことによって混ざり合うというのは面白いと思いました。まあ、どの考察が正解なんてわからないですし、それを突き詰めるのも不粋ですのでw

 

2.衣装について

[かきまぜたら✳︎ミルク]の衣装は結構セクシーな部類だと思います。

正直、Trueコミュでもう一度衣装を着たいと言ったときはびっくりしました。

智代子は[よろしく♡めしませっ]でお腹が出てる水着を恥ずかしがっていました。

さらに、[Best☆Great☆サマー]では自前のお腹が出ていない水着を着ていました。(理想の夏を妄想してるときも同じ水着でしたし)

だからこそ、今回のお腹周りが出ている衣装をもう一度着たいと考える智代子は、何かアイドルとして内面的な変化があったということを衣装でも表現していると自分は感じました。

 

 

 

 

以上で、感想とちょっとした考察でした。

[かきまぜたら✳︎ミルク]を見てから智代子がものすごい好きになりましたし、新しくなった智代子を見ていきたい理由の一つにもなりました。智代子担当の人にはぜひ見て欲しい…

というか、シャニマス限定に重要なコミュぶっこんでくるの多すぎない?

 

とりあえず今回はこんなところで、駄文失礼しました。

 

 

 

 

 

 

余談ですが、今回放クラメンバーに語るシーンの回想で夏葉が最初にでてきたの、「応えないのは嘘になるでしょ?」で相談した相手として夏葉を選んでくれてありがとうとなりました。まあ、夏葉担当だからねw

 

 

 

初めましてロマノフです。

 

最近、ネタバレ混みで真剣にアイマスのあれこれを語る機会がないなーと思いブログをはじめました。

主にここでは、アイドルマスターのコミュ、曲、イラスト等々の感想を書いていこうかなと思います(飽きたらやめます)。

ちなみに、言及していますがネタバレ全開ですのであしからず。

だらだら書くのもあれなんで本題へ

 

 

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一発目はどうしても語りたかった[チエルアルコは流星の]八宮めぐるを感想・考察を述べていきます

ハーフという属性とエスペラント語という言語を使って上手に八宮めぐるを表現していて大好きなコミュの一つです

 

 

 

まずコミュ内容

1.「異邦の青、浮遊する」

映画の出演でレッスンに意気込んでいためぐるだが、プロデューサーから映画に出る話しがなくなってしまう。

・選択肢「頑張っていたのにな」

→演じる予定の役柄は大正時代に日本にやってきた青い目の女の子。大人しくて、喋るのが苦手。めぐるとはちょっと違うタイプこの子はいつも空をみていて、その子にめぐるは声をどう声をかけていいかわからず時間が過ぎていた

 

・選択肢「仕事がなくなった理由は・・・」

→脚本を修正していたらめぐる役の出番がなくなってしまう。めぐるとプロデューサーはお互い自分に能力があればと考える

 

・選択肢「でも・・・もう一度・・・」

→映画の話がなくなり、プロデューサーがもう一度かけあってみると言及するが、めぐるは遠慮してしまう。しかし、プロデューサーは正直な気持ちが知りたいとめぐるに問うと、本当はやりたかったと吐露するめぐる

 

 

2.「同調の水、されど」

プロデューサーと歩いていためぐる。髪の癖を直すためにお店のガラスを覗き込むと、そこには熱帯魚のアクアリウムショップを見つける。そこには、一匹だけ端にいる他の種類とは異なる熱帯魚。プロデューサーはめぐるに「寂しそう?」と尋ねると、めぐるは「わからない。魚の気持ちはこの魚にしかわからない。寂しいとか悲しいの一言で言えるのかどうかも。もしかしたら、自分も他の魚と同じ色だったらと思ってるかも…。だけど…なんて言ったらいいのかな…わからなくなっちゃた」と答える。プロデューサーは「なんだかいいなこの魚。すごく素敵な色」。めぐる「色んな魚と泳がせてあげたい。この水槽以外の水槽もあるんだよって教えてあげたいよ」。最後に、「大丈夫君の色はとっても綺麗だよ」と水槽に向かって呟く。

 

 

3.「無重力のウテナ」

この間の映画出演は交渉したが、監督からやはり無理だと。しかし、別の役柄でめぐるにオファーをもらった。役の子は主人公の親友でとにかく元気な役。それに対し、めぐるは感謝していたがプロデューサーは負い目を感じていた。しかし、めぐるは「大丈夫。今はもう、あの子にかけてあげる言葉が見つかったから…。プロデューサー。今日の空とっても光輝いてる。すごいね、色って心でみてるんだねー。わたし、この鮮やかな空をみんなに見せられるようになりたいなあ」。その言葉にプロデューサーは「鮮やかな空…それは俺もみてみたい」。めぐる「わたしに見せてくれたのはプロデューサーだよ」。その後、寝癖があると指摘するプロデューサーだが、めぐるは気にしない。

 

 

以下感想

めぐるは、青い目をした女の子の役を演じる予定だったと語られています。これに対してコミュタイトルの「異邦の青、浮遊する」から二つの考えがでました。一つ目は役から外されめぐる自身のお仕事が宙に"浮いて"しまった(外された)という隠喩。二つ目はめぐる自身もハーフという人種から周りから"浮遊"していた(浮いてた)という隠喩。最初コミュを読んだときは前者の意味しか考察できませんでした。でも、「同調の水、されど」含めて読んだとき青い目をした女の子、同じ水槽でも一匹だけ違う熱帯魚。そして、海外出身のハーフアイドル「八宮めぐる」。後者の考察をした時、めぐるも過去に周りから浮いた経験があると読み取れると考えました。ハーフという属性を持っためぐるが、学生生活の中で周囲から"浮く"経験をしたことは普通にある話だと思います。実際、4コマ漫画1話でも独特な表現をしていて灯織がわかるよう訳(?)しています。そんなめぐるでも同じような境遇の人、生物には何と言っていいかわからない。同じ境遇だとしても他人、他者であって理解することはできない。しかし、めぐるはわからないなりに「大丈夫君の色はとっても綺麗だよ」と呟く。この優しさは真乃、灯織を紡ぐ絆につながると私は考えています。

 

 

さて、Trueコミュの「無重力のウテナ」ですが、「ウテナ=高さのある台」であり、無重力になってこちらも浮くという意味で使われる印象ですが、私の中では余計なプレッシャーから解放されたというイメージがしっくりきました。これは「同調の水、されど」であった寝癖を気にしないことから考察しました。容姿の見た目なんか、光り輝いてる空を認識できる内面・気持ちの変化を得ためぐるからしたらどうってことないという成長の証が表現されていてすごい好きです。また、色んな人がいて同じ空を見ていても同じには見えない。でも、それを共有して色んな変化を与えていきたい。というのがめぐるの理想とする姿なのかなと感じるようになりました。

 

虹と八宮めぐる

タイトル名である「チエルアルコは流星の」で使われている”チエルアルコ”はエスペラント語と呼ばれる言語で意味は「虹」です。そもそも、エスペラント語は世界共通言語で「共通の言語をもたない様々な人が意思疎通できる言語」で使われているそうです(筆者は知人Pからこれを教えてもらいました)。めぐるは異邦の人です。そのめぐるに世界共通言語であるエスペラント語の虹が使用されている。これで私は、めぐるが色々な”架け橋”となっていると感じました。「ほわほわと特殊な雰囲気を持っている真乃」と「厳しさの中で誤解を生みがちな灯織」を繋げる「海外出身・ハーフで元気いっぱいなめぐる」。めぐるはシナリオコミュを通して、他の二人を繋ぐ役が多いと感じています。流星=イルミネーションスターズ、チエルアルコ=虹=架け橋と連想ができます。そうすると、カードタイトルに深い意味が出てくると考えました。

 

最後に、この「チエルアルコは流星の」の最後が特徴的な終わり方になっていて助詞の「の」で終わっています。これは、省略法という文法の表現技法になっていて、読み手に色んな考察を想起させるという効果があるのですが、これは自分と他人で考え方が異なる。つまり、色んな考え方があるという「チエルアルコは流星の」を体現している素晴らしいカード名だと感じました。すごい妄想ですけど

 

 

 

以上でコミュ感想・考察でした。文章を振り返ると妄想多めだったなと感じていますwですが、この質のシナリオがPSRコミュで読めるのは本当に素晴らしい…ユーザーにはしっかりとコミュを読んでほしい。まあ、何が言いたいかというと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カードを引いてジュエルを回収するだけで満足せずコミュを見ろ

ということを言いたかったのが全てです。

 

 

 

初めての記事でしたが何かの参考になれば幸いです。

駄文失礼しました。