そのころサンメリの父は苦悩する
フランソワの父、サンメリ城の城主である
ムッシュー・レガートは悩んでいた。
フランソワの様子がおかしい、と女官長から連絡を受けたのは
昨日のことだった。その後すぐに執事のモンブランを呼び寄せ
事情を聞いたが、風邪の一点張りで大事ないというので、
じき回復するであろうと考えていたが、3日たっても部屋から姿すら
現さないのでさすがに対処を取るべきだと感じ始めていた。
しかしレガートは気が重かった。
彼は、自分の息子が苦手だったのだ。
いや、違う。思春期の息子にどう接していいのかわからず
戸惑っているだけである。
実の息子を苦手だなどと言っては親子の間の絆とか
倫理観がガラガラと崩れてしまう。
レガートは自分に言い聞かせていた。
苦手なのではない。戸惑っているだけ。
もちろん、フランソワは可愛い。しかしどう接していいかわからぬ。
人の道に外れるようなことのないように愛情を持って育てたい。
しかし最近どうも彼が幼いころのあの可愛いフランソワとは別のイキモノに
なったような気がしてしっくりこない。父子の会話も激減した。
正確には、第三者がいると彼らはなんとか喋ることができた。
例えばモンブランとかマリウスとか。彼らと複数でいるときは会話も
円滑に進むのだ。しかし2人きりになるともう全然だめだった。
会話は油のさされていない車輪のようにぎこちなく、面白味がなくなり、
やがて沈黙が続くと、結局耐えられなくなったどちらかが席を外すのだった。
「ムッシュー・モンブランが面会を拒みますの。
どう考えても様子がおかしゅうございますわ。
お医者様の面会は受けるものの、私どもの面会は受け入れませんの」
「ふむ。まったくフランソワにも困ったものだ。
どれ、一つ様子を見にいくとしようか」
悠然と立ち上がり女官長を伴って廊下を渡っていくレガートは
威厳を身にまとった雄雄しい様子だったが、
その胸のうちは混乱に陥っていた。
まさかとは思うが‥とうとう反抗期がきたのか、
そうなのか、フランソワ?
何か父に不満があるのなら、直接私に言ってくれ。
しかしなるべく控えめにだ。
若者は親に対して時に遠慮なく辛らつな言葉を吐くことがあるが、
それだけはやめてほしい。例えるならウザイとか、ムカつくとか
そういった言葉だ。私は傷つきやすい。間違いなく、傷つく。
レガートはフランソワの部屋のドアをノックした。
後ろでは女官長が神妙な面持ちで成り行きを見守っている。
「どなたでございますか‥‥?」
モンブランの消え入るような声がドアの向こうから聞こえた。
「私だ」
レガートの良く通る、威厳に満ちた雄雄しい声が廊下に響いた。
モンブランは明らかに動揺したようであった。
「レッ‥‥レガート様でございますか!??」
「そうだ、モンブラン。フランソワの具合はどうだろうか?
だいぶ良くないようじゃないか。ここを開けなさい。
少しフランソワと話をさせてくれ」
「よっよくないということはありません。
医者には一昨日見ていただきました。大事ございません。
ほんの数日安静にしていれば回復します。
今は誰とも面会したくないというご希望でございます」
やはり‥!レガートは確信した。きた!反抗期!
「‥‥ふむ。誰とも会いたくないとな?」
「さようでございます‥」
「‥‥‥そうか。ならば仕方あるまい。明日まで様子を見よう。
明日、朝食の時間までに起きて顔を見せられるようになるまで
体調を整えておくように伝えておいてくれ。明日の食卓に
フランソワの顔が無ければ、私はそれなりに父としての
威厳を見せなければならぬ」
「は、はいわかりました」
レガートはフランソワの部屋を後にした。
レガートが思いがけずあっさり引き下がったので、
女官長は物足りない思いでいた。父王はもっときちんとガツンと
対処してくれると思っていたからである。
しかしこの女官長は城主であるレガートを心から尊敬していたため、
いかに親子であれ、闇雲に踏み込むことはよくないのだな、
なるほどスマートな親子関係で好ましい、
と思い直し勝手にポジティブに解釈した。
その実彼はただ単に息子との関係に及び腰であるとも知らず。
「マリウスは?」
「はい」
「マリウスはどこにいる」
困った時のマリウス頼み。マリウスは常にレガートとフランソワの
仲を取り持ってきた。
「それが、マリウス様は有給を取って南仏に旅行中でありますの」
「何、旅行中?ああ、そういえば彼から土産は何がいいか尋ねられたな。
それで私はぶどう酒を買ってきてくれと頼んだのだ。失念していたな。
ふむ、こういう時にマリウスがいないのは心元ないが、仕方あるまい‥」
レガートは至極自然に冷静さを保っていたが、
その胸中はやや乱れ気味であった。
頼みの綱のマリウスがいない。
フランソワのことを誰に相談すればよいのだろうか。
早めに旅行を切り上げてサンメリに帰ってくるよう、
マリウスに伝書鳩を飛ばそうか。
ああしかし、部下のプライベートな旅行先にまで上司が仕事を
持ち込むべきではない‥・。
レガートは自室に戻り、ソファに腰を下ろして顔をおおって
ため息をついた。足を組み口元に手を添え、、頭を廻らせるのも気だるげに
目だけ向けた視線の先には、小さな額に入れられた写真が卓上にあった。
赤ん坊を抱いた美しい女性がやさしくほほえんでいる。
「マリア。君が生きていればフランソワとも
もっとうまくいっていたかもしれないな」
レガートはつぶやいた。
デュポン氏のぶどう酒
ぶどう酒貯蔵庫の脇の隙間から、匂いはいっそう強くなる。
マリウスは、かがんでランプをかざした。
隙間に顔を近づけると、明らかな異臭が鼻をつき、むせそうになる。
思わず口を押さえるほどだ。
隙間の奥に、何か小さなものが折り重なっているのが見えた。
恐る恐る隙間に手を伸ばし、明かりを物体に届かせる。
と突然、小さな生き物がマリウスの足元を駆け抜けた。
「あっ」
体勢を崩し、倒れるマリウス。
後ろで談笑していたランスロとデュポン氏が振り返る。
生き物は2人の足元をも駆け抜けた。
「あっねずみ!」
「おおっとと」
デュポンはねずみの尻尾を踏んづけた。
ねずみは尻尾を押さえられ、わたわたと地面を引っかく。
「ねずみですねえ。最近多いんですよ」
「のんきに言ってる場合じゃありませんよ」
マリウスは2人に向き直った。
「この隙間。見てください。ねずみの死体がたくさんころがっている」
ランスロは隙間に近づき、暗闇の中にランプに照らされた
無数のねずみの死体を確認すると十字を切った。
数匹のねずみが、カーブの隅にうずくまっている。
目を凝らしてみると、床に滴りおちたぶどう酒の水溜りに顔をつっこみ、
ペロペロとなめているではないか。
その光景は、口にはいるものを作る食品加工現場にはおおよそ
につかわしくないものであった。
(このカーブは、不衛生極まりない。
これが原因なのでは?
この不衛生な環境がぶどう酒作りにおいて
食中毒をおこさせたのではないか?
ぶどう酒に毒が入っていたのではない、
ただの食中毒だったのではないか)
そういう思いがマリウスの心に去来した。
しかし確固たる証拠もないし、そういった結論にいたるのは
いささか拙速であろうと思い直した。
いや、思い直そうとしたけどその思いを払拭できなかった。
かなり気になった。
3人は気まずい沈黙におちいった。
カーブの所有者デュポンを除く2人は、
「なんか…原因これじゃね?」
という思いが胸に去来して離れなかった。
「………かねえ」
デュポンがぼんやりとつぶやいたのを、マリウスは聞き逃した。
「え、なんですって?」
「やっぱり、私んとこのぶどう酒が原因ですかねえ…」
(そう思う?やっぱりそう思う??)
とつっこみたくなるのを抑えて、
マリウスは至極冷静に、腕を組んで考え込むフリをした。
「前も…あったんですよね」
つい冷静さを欠いて、マリウスはがっついた。
「え、前にもあったって何がです??」
デュポンは伏し目がちにランスロを見た。
ランスロもまた何もかも承諾している、
という風にうなずきながらデュポンを見た。
視線をそらしたと思ったらまた見つめ合って、
はにかんだまま2人はしばらくそうやってチラチラお互いを見合った。
(なに?その新婚夫婦みたいな視線の投げかけは?)
デュポンはマリウスの食い入るような視線に耐えかね、
おもむろに口を開いた。
「実は、数年前にもウチ、食中毒起こしたんです。
そのときはぶどう酒を飲んだ親戚数人とランスロ神父が下痢、
嘔吐の症状に見舞われたんです。そのときに、ランスロ神父が
今年のぶどう酒はぶどうの不作で出来なかったことにして
全部処分しなさい、と指導してくれて。それでまあ、
食中毒を隠蔽したんです。被害は親戚だけにとどまって、
村人にはバレませんでした。こんな小さい村で事件起こしたら、
もうここではぶどう酒つくれませんから。
それから心を入れ替えてがんばってきたつもりだったんですけど。
もう駄目ですかねえ…」
「駄目じゃありませんよ。悔い改めて、再出発する。
またやり直せばいいじゃないですか、
さあ、さあ。警察に行きましょう。いままでのことを全部、
報告しにいきましょう」
「え、警察行くんですか」
意外そうに小さな目を大きく見開いておびえた目をしたので、
マリウスは何をいまさら‥と思った。
「当たり前じゃないですか」
「‥‥かねえ」
「え?」
「も一回、隠蔽できませんかねえ」
上目遣いでマリウスの顔色を伺うデュポン氏。
いい年した大人が若者にこび、顔色を伺うその姿にマリウスは
嫌悪感を覚えた。さらに反省の色なく、隠蔽という言葉を軽々しく
使うそのことに腹を立てた。確かにこの人、ふちから何センチとかみみっちいことをしてぶどう酒を配る人決めるようなことをするわけだ。
「隠蔽できるかなんて、よくそんなセリフを恥ずかしげもなく言えますね」
「だってね、こちとら商売なんだよ。
村中に知れてぶどう酒がつくれなくなったら私たち家族はどうなるの?
路頭にまよっちゃうよ。そうなったらあなた、責任取れる?」
しつこく「隠蔽」を繰り返す上に、
自分の過失を棚上げして責任転嫁しようとしてくる。
これには慈悲深いランスロも不快感を持ったようだった。
それまで黙っていたが、とうとう口を開いた。
「デュポン氏。不衛生であることが今回の事件に関係があるにせよ
ないにせよ、警察に行って事情を話さなければなりません。
数年前の食中毒事件の時、私はあなたが心より反省をしたのだと
思って事を公にすることをしなかった。しかし今回のこのカーブの
状況を見る限り、あなたが真に反省をしたとは考えづらい。
デュポンさん、警察に行きましょう。そしてもう一度、
心を入れ替えてぶどう酒作りにはげむことが、あなたの使命であり、
先の食中毒事件に対する償いです」
「えーだって‥」
子供のように聞き分けのない態度だが、
尊敬するランスロにピシャリと言われて、
デュポン氏はしぶしぶうなずいた。
カーブの異臭
話は少し前にさかのぼる。マリウスとランスロはデュポン氏の
ぶどう酒貯蔵庫、通称カーブにいた。
カーブ(ワイン貯蔵庫)の中は、ひんやりとした空気の中、
数百本はあるかと思われるワインのビンが壁沿いにびっしりと
並べられていた。ぶどう酒の香りはなく、むしろ土臭い、
ほこりの匂いがうっすらと漂っている。
子供のころにフランソワと遊んだ洞窟の秘密基地と同じにおいだ、
とマリウスは思った。
「これが……ワタシが集会の時に神父さんに差し上げたぶどう酒と
同じ種類のものです」
デュポン氏は一本のぶどう酒のビンを持ってきた。
ワインには土ぼこりがこびりついてある。
それを布でキレイにふき取った後、小さめのグラスにほんの少しずつ
注いで2人に差し出した。マリウスとランスロは香りを楽しんだ後
、口に含んだ。
ランスロはたっぷりと時間をかけて一口のぶどう酒を
ノドに滑り込ませた後、ぶどう酒の香りを含んだため息をもらした。
「……すばらしい芳香だ。まろやかでこくがある。
繊細で、それでいて大胆な酸味。ああ、このようなすばらしいぶどう酒を
前に、私のボキャブラリーはなんと貧相なことか!」
その饒舌な喋りにマリウスは少なからず驚いた。
この人、今ちょっと事件のこと忘れてるわ。
しかしそんなにぶどう酒が好きだったなんて。意外。
「チーズをどうぞ」
「ありがとう。おお、なんとも旨い」
「山羊のチーズです。少々クセがありますが、慣れればハマる味です」
「私はこのクセがたまりません」
マリウスもチーズをひとつつまんで口に入れた。旨い。
山羊のチーズはクセがあることからあまり好きではなかったが、
ここのは旨い。もうひとつ、またひとつと口にいれる。
チーズを口にして、自分が腹をすかせていたことに気がついた。
そういえば、朝にフェリゼがつくった例の虫いりテェリータルトを
食べていらい、何も口にしていない。ランスロも同じように
腹をすかせていたことに気がついたらしく、2人して皿いっぱいのチーズを
数分で平らげてしまった。
無くなったチーズの皿をうすぼんやり見つめる二人が切なげに見えたのか、
デュポンの妻、モニカは気を利かせて台所からチーズのおかわりを
持ってきた。今度は、カマンベールと、ミモレット。
それにパンをナイフで切ってくれる。
「パンにこうやってはさんで食べると、美味しいですよ」
マリウスは一口、かぶりついた。
「あっ。パン美味しい」
「おお、パンもうまい。パンだけでもじゅうぶんうまい」
「うちのパンはいつもポンパドールってとこで買ってるのよ。
行列のできる人気の店なの。パン・オ・レザン(ぶどうパン)とか
パン・オ・ショコラなんかもすごく美味しいのよ。
干しぶどうの甘さがちょうどよくてね、ちょっとリキュールのきいた
パン生地が幸福な気持ちにさせてくれるの。朝ご飯に食べてもいいし、
午後にお茶と一緒に食べてもいいし、お客さんに出しても喜ばれるわ。
だけど、やっぱりこのフツウのパンが一番おいしいの。
全然飽きがこないって言うか。うちの人はね、
ご飯にパスタを食べた後でも、デザートだって言ってパンを食べるのよ。
そうそう、塩漬オリーブもいかが?」
喋るだけ喋って、モニカはオリーブを取りに行った。
その間、マリウスはカーブの中をそれとなく歩き回った。
ランスロとデュポン氏はワイン講義に花を咲かせている。
ふ、と異臭が鼻をかすめた。ぶどう酒の香り、カーブの土ぼこりの匂い、
日陰の、日の当たっていない場所特有のカビの匂い、
そのどれでもない、この場所とはまったく異質の、場違いな匂いである。
(生き物が腐ったにおいがする)
これと同じ匂いを昔、裏庭でかいだことがあった。
裏庭に住み着いていた猫が死んだときだ。
猫の死骸が森の奥の草むらの中にあって、そこに近づくまでにすでに
異臭がただよい、猫の姿は見えないけれども、
そこに死骸があるのだと予感させる、不吉な匂いだった。
あの時の猫の姿を見つける前の不安な気持ちがよみがえってきた。
そこに何かがあるという予感。
伝えたい思い
「え、そ,それどうゆうこと?」
突然の事態にフランソワはどもった。にわかには信じがたい。
何がおこったんだ?
「詳しいことは後で話す。平たくいうと、ただの食中毒ってことだ。
デュポン氏のぶどう酒工場が不衛生だったってわけさ。
今からジェアノ警部に報告しに行ってくるから、安心して待ってな!」
「本当に??」
急激な展開にフランソワはついていけなかった。解決してしまったの?
しかも食中毒って…そんな単純な結果でいいのだろか。
何か見落としちゃいないか?この事件は解決したのだろうか。
いやでも!やはりあの事実は報告しなければ!
「マリウスあの……」
言いかけて、フランソワは傍らの人影に気がついた。
人影はマリウスの斜め後ろで控えめに淡く微笑んでいる。
すべてを見透かしてあざ笑っているようなその眼差し!
ランスロ張本人!!
マリウスを引きとめようと差し出した手が空中で止まった。
自分でもぎこちないと思われるほど体がこわばった。
「あっ」とか「うっ」とか呻き声がほとんど出かかったのかろうじて
ゴクリと飲み込んだ自分を褒めてあげたかった。
これ以上不穏な動きをして動揺をさとられてはならないと、
なんとか冷静を保った。しかし心の中では、40階立ての塔から
バンジージャンプをした時と同じくらいの
「ぎゃー!!!!!」という絶叫がこだましていた。
「フランソワさん、本当に良かった!」
「もう心配ないよ」
「ええ、もう大丈夫です」
「解放の手続きを取ってこよう」
2人の空々しいまでに明るいとおりいっぺんの言葉が頭の中でこだました。
よかったよかった…めでたしめでたし…。
「待ってくれ!」
戸口に向かう二人に向かってフランソワは叫んだ。
フランソワのただならぬ雰囲気にマリウスが気付いた。
「どうした、フランソワ?」
「……抱きついて」
「は…?」
「抱きついてもいい?」
「はっ?」
「キスして……」
「ええ?」
「ほおずりしてもいいだろうか!?」
「ちょっとまった!フランソワ!!」
フランソワは中腰で両手を広げ、マリウスにいまにも飛び掛らんばかりの
構えを取った。レスリングの選手が相手の腰にタックルしようと
するときの構えだ。
「まて、まて。落ち着け」
お互い距離を取りながらにらみをきかす。
マリウスもおのずと中腰になり、構えをとった。
じり…じり…
「わかった。一回だけ。ビズだけだぞ。唇ははずせよ」
マリウスは観念し、肩の力を抜いて少しだけ両腕を広げた。
マリウスとフランソワは抱き合った。
フランソワは両頬にビズした後、耳元に思い切り早口でささやいた。
「ランスロには前科があったんだ!」
あやしまれないように、フランソワはさっと離れた。
ちょっと呆然としながら、マリウスは部屋を後にした。
戸口を出て、2階のジェアノ警部の部屋に向かう中、
マリウスの頭は先ほどのフランソワの態度と言葉で混乱していた。
「らんすフォアーぜんかっかっ」
マリウスには、そうとしか聞こえなかった。
なにがしたかったんだ……あの人…
マリウスには幼なじみがちょっと不気味に思えた。
疑心にとらわれるフランソワ
フランソワは一晩中眠れぬ夜を過ごしていた。
頭の中がさえて、次々といろいろな考えがめぐっていく。
さきほどの、ジャンの言葉が頭から離れなかった。
「あいつは前科者だよ」
「俺らの仲間さ」
何度もその言葉の意味をフランソワは考えた。
ランスロは罪を犯した。一体、なんの罪を?
あのジャンという少年の言葉は真実なのか?
ランスロは、前科者であるということを、なぜ隠していたのか。
いや、言う必要はないか。でも‥フェリゼは知っているのだろうか。
彼は‥ランスロは‥何者なんだろう。
自分はランスロのことを何も知らない。何も知らなかったんだ‥
なぜ疑問に思わなかったんだろう‥
彼は誰なのかって‥
なんか‥なんなんだろ‥
ちょっと宗教入ってて、怪しいよね‥
服装とかも、ダサいし‥
それは関係ないか…
でも
あやしい‥
あやしいよね‥
まさか‥
真犯人?
フランソワは飛び起きた。
「いけない!おれ今すっごい疑心はいってた!」
呼吸を整え、水差しに入った水を飲み、もう一度、床についた。
「寝よう‥おきているとどんどん友人を疑って嫌なヤツになってしまう」
いつの間にかランスロは彼にとって友人になっていた。
知人でも、恋のライバルでもなく、友人。
フランソワは硬く目をつむった。
(こんな薄暗いところにずっと一人でいると、思考がどんどん
主観的になって独りよがりになってしまうんだ。マリウスがいてくれて、
話し相手になってくれたらもう少し客観的に考えられるんだけど‥‥)
フランソワは、羊の数を数えて寝ようとした。
「ひつじがいっぴき、ひつじがにひき‥」
しかし、想像の中の羊はランスロの顔に見えてくる。
体は羊、顔はランスロの人面羊が、次々柵を飛び越えてこちらに駆けてくる。
「ふおおぉっ」
フランソワは再び飛び起きた。
(すごいオレもうやばい。この秘密は自分一人でしまっとくには重過ぎる。
誰かに相談しなければどんどん独りよがりな結論に達してしまいそうだ。
マリウス。マリウスに伝えなければ。彼の客観的な意見が聞きたい)
なんとかしてマリウスに伝えなければ。
今度はそんな使命感がフランソワに取り付いて離れなくなった。
どうやって伝えればいいんだ。
どうやってここを抜け出せば…
どうやって……
そんなことを繰り返しているうちに、夜がしらみはじめ、朝がきた。
朝がきたころ、フランソワの出した結論は、
「逃亡」
だった。
「まず看守が朝食を持ってきたら、看守を殴って鍵を奪って脱走する」
短絡的な結論に達してはいけないと抵抗するあまり出した結論は
これまた短絡的なものだった。密室での一人きりの長い孤独な時間は、
フランソワの判断能力を鈍らせていた。
スタートダッシュが重要だと思った。
フランソワは自分がやさしい性格だということを自分でもよく
わかっていたので、看守が入ってきてすぐ実行に移さなければ決心が
鈍ってしまう。
生まれて初めて人を殴る。
フランソワは緊張した。水差しのビンを握り締め、戸口でスタンばった。
廊下の冷たい床を人の歩く靴音が鳴り響く。
看守が来た。
看守が入ってきた。
フランソワは固まっていた。
「ごはんですよ~」
看守のノンキな声が、フランソワを脱力させた。
なんか…やっぱりむりっぽい…。
看守はフランソワの手にしたカラの水差しに気がついた。
「あ、水なくなったんだね。後でもってきてあげるよ。さ、ご飯をお食べ」
人のよさげな若い看守はトレイの上からパンを取るとフランソワに手渡した。
「それから、面会人が来てるよ」
戸口から入ってきた人物を見て、フランソワは喜びの声をあげた。
「マリウス!」
暗い牢獄に差し込むいっぺんの光。救世主のようだ!
「フランソワ!サバ!?」
「サバ!」
フランソワは元気よく答えた。
しかし続いてマリウスが発した言葉に、フランソワは大きな衝撃を受けた。
「フランソワ。この事件の真相が分かった。あんたは無実だ。自由だよ!」