園長通信~こころ~ №372
                       はじめに
                                                                                          2026.1.16
                                                           
    毎日のように文章を書くようになった。文章を書き始めたのは、小学校で学級担任をしているときだった。学級通信を出していた。思うようには書けなかった。このとき、書くことのむずかしさを思い知らされた。    

    中学校へと異動となった。また学級通信を出し始めた。今度は、少しは書けるようになってきた。だが、まだまだ書きたいことが書けるようなレベルではなかった。知識も経験も足りなかったのだろう。   

    若い頃からそうなのだが、書くことに対する憧れのようなものをもっている。書きたい、書いてみたい、そんな思いがある。小学校の校長となった。2年もの間、書かずにいた。今思えば、もったいないことをした。なぜ、書かなかったのか。書こうとしなかったのか。書けばよかった。    
     今度は、高校の校長となった。書かずにはいられなくなった。コップに水がたまり、あふれてしまったかのようだった。何かに突き動かされるように「校長室だより~燦燦~」を令和1年11月11日にスタートさせた。そこから毎日書き続けた。書くことが習慣化してくると、ふとしたときに文章が浮かんできてしまう。忘れないようにと、スマホにメモするようになった。原稿は、学校のホームページにアップしてきた。2年間で、333号となった。                              

     中学校の校長となった。何事もなかったかのように、「校長室だより~燦燦~」を継続した。3年間で、334号から1000号まで出すことができた。相変わらず、思うような文章は書けずにいる。それでも、伝えたい思いを綴ることはできるようになってきた。1000号分の原稿から、100を選び抜き、2025年1月に『人生は、燦燦と 校長室だより100選』として出版した。

 現在は、幼稚園の園長を務めている。校長ではないため、「校長室だより」を出すことはできない。そうであればと、「園長通信~こころ~」を出すことにした。文章のスタイルは変わらない。言うなれば、教育エッセイである。徒然なるままに、日々の思いを綴った随想である。何かに導かれるように、小学校、中学校、高校、そして幼稚園と経験してきた。少しばかりだが、ぼんやりと見えてきたものがある。人生を歩んできた者として、次の世代に伝えたいこともある。         
 本書は、「園長通信」の原稿を加筆修正し、書籍化したものである。思えば、今まで長きにわたり文章を書き続けてきた。その間、ずっと読者の方々に支えられてきた。読んでくださる皆様に背中を押していただいてきた。拙い文章ではあるが、この本を手にとり、ものごとを考えるきっかけにしていただきたい。そして、読後感を味わっていただければ、文書を書くものとしては望外の喜びである。                                                                                                                            
    これは、2026年1月3日に出版したエッセイ集第2弾『人生を彩る6つのまなざし -元校長が綴る日々を見つめ心を育てるエッセイ集』の冒頭にある「はじめに」である。
    ネットでは、アマゾン、楽天、三省堂書店オンライン、丸善ジュンク堂書店オンラインで扱っている。加えて、著者本人、あるいは家人こと妻にご連絡をいただければ購入できるようにしてある。ぜひお読みいただきたい。

   

『人生を彩る6つのまなざし』クエーサー出版
 https://www.amazon.co.jp/dp/491089358X?tag  
『人生は、燦燦と 校長室だより100選』文芸社
 https://www.amazon.co.jp/7/dp/4286256049
『表現者を育てる授業 -中学校国語実践記録ー』風詠社
 https://www.amazon.co.jp/dp/4434327100                                                                       

園長通信~こころ~ №371
                     人生を彩る6つのまなざし
                                                                                         2026.1.15
                                                         
     そんなつもりはなかった。もう本を出すことなどないと思っていた。そもそも本

を出版するなどという大それたことを考えたりはしない。
 ところが、人生とはわからないもので、本を出しませんかという話がきた。そこで、2023年9月に『表現者を育てる授業 -中学校国語実践記録-』(風詠社)

を出した。これが、最初で最後の自著になるものと思っていた。
 しばらくすると、今度は、「校長室だより~燦燦~」を本にしませんかというオフ

ァーが舞い込んできた。本にするといっても、原稿が1000号もある。どうするんだ。出版社の担当者と相談し、100に絞り込むことにした。そうして、加筆修正された「校長室だより~燦燦~」が、『人生は、燦燦と 校長室だより100選』とし

て世に出ることとなった。ちょうど、小学校、中学校、高校と務めてきた校長職を離れたタイミングだった。
 どちらも全国の書店で扱っていただいている。ネットからも購入できる。福島市の西澤書店では、教育書コーナーに置いていただいている。ありがたい。
     実は、本を出したからといって達成感はない。満足もしていない。それはなぜか。今もずっと毎日のように文章を書いている。「園長通信~こころ~」である。書いて

いると、本に載せた原稿よりもいい文章が書けてしまうことがある。ああ、こっちのほうがいいかもしれない。
 こんな思いが届いたかどうかはわからないが、また、本を出しませんかというお誘いがきた。どうやら、ブログにアップしている「園長通信~こころ~」を読んでいただいたらしい。過去2回もそうだが、熟考に熟考を重ねた。それはなぜか。また本を出したとする。文章を書き続けている以上、ああ、この原稿のほうがいいなということが起きそうなのである。決して満足することはない。
    お話をいただいた出版社は、若い方が立ち上げた会社で、まだ4年ほどしか経っていない。本はアマゾンや楽天などのネットで購入する形をとっており、原則、書店では扱ってはいない。ただし、福島市の西澤書店では、教育書コーナーに行くと既刊書2冊とともに置いてある。在庫を抱えないようにしており、ネットで注文するたびに本をつくり、2~3日で届けるようにしている。 

 書店で扱わないのも困ると最初は考えた。だが、思いついた。そうであれば、自分が書店がわりになろう。ということで、本を書いた本人が在庫を抱えることとなった。3冊目となる自著、エッセイ集としては2冊目となる今回の本は、『人生を彩る

6つのまなざし -元校長が綴る日々を見つめ心を育てるエッセイ集』(クエーサー

出版)である。
  「園長通信~こころ~」を加筆修正したものになる。ネットでは、アマゾン、楽天、三省堂書店オンライン、丸善ジュンク堂書店オンラインで扱っている。西澤書店に加えて、著者本人、または家人こと妻にご連絡をいただければ購入できるようにしてある。この本をお読みいただき、少しでも、ものごとを考えるきっかけにしていただければ幸いである。

 

『人生を彩る6つのまなざし』Amazon

『人生は、燦燦と 校長室だより100選』Amazon

『表現者を育てる授業 -中学校国語実践記録-』Amazon

                                                         

園長通信~こころ~ №370
                           逆転
                                                                                         2026.1.14
                                                                            
    すがるものがほしかった。まわりの先輩の先生方に相談しようとは思わなかった。皆さん、忙しそうだった。では、どうしたか。本を読んだ。まずは、学級経営の本を手にした。そこには、納得させられることが書いてあった。具体的でわかりやすかった。
 確か「AさせたいならBといえ」という言葉とは、この頃に出合ったように記憶している。この言葉は、その後の教員生活をずっと支え続けてくれた。本を読んで理解したことを、どんどん教室で試していった。うまくいかないこともあったが、そういうことかと手応えを感じるものもあった。指導技術の重要性を知ることができた。           そんなこんなで、1学期の終業式を迎えた。ようやく終わったというよりは、何とか夏休みまでたどり着いたことに安堵した。夏休みには、やりたいことが山ほどあった。2学期の準備である。本を読みたかった。教育書である。学級経営だけでなく教科指導の本を読みたかった。主に体育の本を読んだ。まずは、体育ならば何とかなりそうな気がした。                                  

    本来であれば、免許が国語なのだから、もっと国語に力を入れるべきだったのだろう。この小学校は、前年度まで小教研国語部会県大会の会場校だった。子どもたちは育っていた。4月、5月までは、国語の県大会の貯金で何とかなった。だが、すぐに貯金はなくなってしまった。
 6月頃からは、子どもたちは変わっていった。それまで見られた生き生きとした表情は、国語の時間にはなくなっていった。これは、辛かった。自分の指導力がないために、国語の授業がおもしろくない。子どもたちに力をつけることができない。苦しかった。                              

     夏休みに国語の勉強をして、2学期に備えるべきなのはわかってはいた。だが、逃げた。少しばかり本を読んだからといって、国語の授業がよくなるとは思えなかったのである。それほどに、国語の授業はむずかしかった。解決の糸口が見えなかった。きっと国語を避け体育に逃げたのである。  2学期になっても授業は相変わらずだったが、学級は徐々に落ち着いていった。1学期は、元気なのはいいが、落ち着きはなかった。お隣の学年主任の学級も、我がクラスほどではないが、落ち着きがなかった。
 1学期の最終日に、学年主任の先生に言われた。「やっぱり初任の先生のクラスはだめね」頭にもこなかった。落ち込みもしなかった。それが、事実だった。今に見ていろとも思わなかった。2学期になると、何が功を奏したのかはわからないが、徐々に落ち着いていった。
 一方、隣の学年主任のクラスは相変わらずだった。さすがの学年主任も困っていた。2学期の最終日に学年主任の先生に言われた。「2学期は、逆転しちゃったようね」嬉しくはなかった。学年主任のようなベテランの先生でも、こんなに苦労するものなのか。学級経営、学級づくりのむずかしさを思い知らされた。1学期とは違って、収穫の大きかった2学期となった。
 

『人生を彩る6つのまなざし』クエーサー出版
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『人生は、燦燦と 校長室だより100選』文芸社
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園長通信~こころ~ №369
                         厳しい現実
                                                                                          2026.1.13
                                                                            
    4月1日に着任した。子どもが来るまでの春休みはよかった。まわりの先輩の先生方に教えてもらいながら、新年度の準備を進めた。多少のドキドキ感はありつつもワクワク感のほうが大きかった。                                                                          
    いよいよ入学式および始業式の日を迎えた。小学校教員としてのデビューだった。職員室から一人そしてまた一人と、教室へと向かっていく。急に怖くなってきた。不安が襲ってきた。自分一人で教室に行くのか。誰もついていってはくれない。付き添いはいない。                         

     教育実習の経験など何の役にも立たなかった。6週間も行ったのに。あれは、学級の先生がつくり上げたところに、ちょこっと参加させてもらっただけだった。お膳立てしていただいていた。始業式の日に学級に行くということは、ゼロから始めるということになる。すべて自分が一からつくっていくのである。その責任の重さに恐れおののいたのかもしれない。                          

    勇気をふり絞り、教室に入った。そこには、目を輝かせた小学3年生たちがいた。とりあえず、やるべきことをやっていくしかない。隣のクラスに遅れないように、迷惑をかけないようにしなければならない。      

    子どもたちの反応はよかった。元気な子どもたちだった。不安に思ったのは、教室に入るまでで、後は子どもたちといると、不安感はすぐに払拭された。子どもたちのエネルギー、パワーに巻き込まれたのである。   

    教科の授業が始まった。これが困った。どう進めればいいのかわからなかった。まったくイメージ通りにはいかなかった。現実は厳しかった。あの頃は、そもそも授業のイメージがあったのかどうかも疑わしい。    

    それでも、子どもたちに助けられながら一日一日を過ごしていった。すると、不思議なもので、だんだんと慣れていった。毎日、子どもたちに後押しされている感覚があった。自分では何もできていないことは、十分に自覚していた。このままではまずい。そういった認識はあった。          

    ところが、知識も技術も足りない。困り感はあるのだが、解決策がわからない。できることといったら、子どもたちと遊ぶことだけだった。休み時間も校庭に出て遊んだ。授業に行くために、いったん職員室に戻ると、用務員のおばさんが淹れてくれたコーヒーが机の上にあった。一気に飲み干し、教室へと向かった。心の中では、いつも、おばさんごめんなさいと言っていた。            

     相変わらず授業はさっぱりなのだが、小学校教員としての生活には慣れていった。慣れてくると、心に少しだけ余裕が出てくる。そうなると、いろいろと考えるようになる。学級を何とかしたい。授業をどうにかしたい。そう思うようになってきた。季節は、夏へと向かっていた。            
 

『人生を彩る6つのまなざし』クエーサー出版
 https://www.amazon.co.jp/dp/491089358X?tag  
『人生は、燦燦と 校長室だより100選』文芸社
 https://www.amazon.co.jp/7/dp/4286256049
『表現者を育てる授業 -中学校国語実践記録ー』風詠社
 https://www.amazon.co.jp/dp/4434327100

                     永遠の都   
 
    イタリアにいたことがある。ローマに3年間住んでいた。年末年始になると、その国のお国柄や土地柄がよくわかる。年末といえば、まずはクリスマスである。イタリアはカトリックの国である。首都ローマの中には、世界最小の国、ヴァチカン市国がある。そこには、カトリックの総本山、サン・ピエトロ大聖堂がそびえ立っている。この時期は、ローマに限らずイタリア中がクリスマス仕様に彩られる。きれいな街並みが、さらにドレスアップされ華やぐ。最もイタリアらしさが出るときかもしれない。
    大晦日になると、それぞれの家庭で大夕食会となる。そして、花火と爆竹でカウントダウンをし、盛大に新年を祝う。いや激しく祝う。いつだったか、ヴェネツィアで年を越したことがある。ここには、世界で最も美しい広場の一つといわれているサン・マルコ広場がある。大晦日の夜に行ってみた。すごい人だった。もはやカオスである。カウントダウンが近づいてきた。広場はさらにヒートアップしていく。年が明けた。花火や爆竹が、そこいらじゅうめがけて発射される。身の危険を感じた。あまりにも激しすぎる。大きな音を出すことで、悪魔や悪霊を追い払ったり、古くなった年を早く追い払ったりするためらしい。それにしても度を越している。
     一方、ローマに住んで3年目の年末だった。ちょうど2001年になるときだった。世紀が変わるという歴史的なタイミングに出くわすことになった。事の経緯は忘れてしまったが、我が家に新年を迎えるミサに参加できるチケットがまわってきた。会場は、もちろんサン・ピエトロ大聖堂である。果たして入れるのだろうか。疑問と心配は拭えなかった。とりあえずカトリックの総本山を目指してみた。会場に到着すると長蛇の列である。よくわからないが、並んでみた。少しずつ進んでいく。あれよあれよという間に中に入ることができた。気づけば、目の前に、あのローマ教皇がいらっしゃるではないか。意外すぎるほど近い。驚きと感動が同時に襲ってきた。
 とにかく21世紀をローマ教皇の前で迎えたことは確かである。あれは夢だったのか。いや、確かにこの目で教皇様をずっと見ていた。21世紀は永遠の都ローマから始まった。あれから20年以上が経つ。今でも年末年始になると、あの光景を思い出すことがある。私にとっては、永遠に刻まれた記憶となっている。