N中ソフトテニス部の軌跡 No.18

                     右にとぶボール

                                                    2025.11.28

 

     フォアストロークレベル1の練習を続けているおかげで、腰(こし)の高さのボールをまっすぐにベースライン近くまでとばせるようになってきました。これを10球連続して打てるようになれば、身についてきたといえます。

 10球のうち半分くらいは、いいボールがいくようになってきました。しかし、まだ右にとんでしまうことがあります。右にとぶということは、踏(ふ)み込んだ左足の前で打っていないということです。遅(おく)れてしまって、後ろで打っているのです。後ろで打つと、腰が回転(かいてん)しません。スピードのある勢(いきお)いのあるボールはとびません。そして、右にとんでしまいます。

 そうなってしまう原因(げんいん)は、いくつかあります。

 ○  とんでくるボールに近づきすぎる。

 ○  ラケットを引くタイミングが遅(おそ)いために、すべてが遅れてしまう。

 正(順)クロスで考えてみます。フォアストロークのボールが、右にとんでしまうと、どうなるでしょう。相手の前衛(ぜんえい)にボレーされてしまいます。ストレートに打ったとします。右にそれて、サイドアウトしてしまいます。前衛(ぜんえい)のレシーブも、角をねらったとしても、アウトしてしまいます。

 これからの課題(かだい)は、右にとんでしまうボールをなくすことです。そのためには、すべてを早くしなければなりません。構(かま)えを低(ひく)くして、すばやくラケットを引くようにします。ボールに近づきすぎるのは、距離感(きょりかん)の問題です。ボールがくるのを待(ま)って、左足を踏み込むようにします。

 もう少しです。レベル1ができるようになれば、大きな進歩(しんぽ)といえます。一度、フォアストロークレベル1の試験をしてみましょう。自分がどのくらい上達(じょうたつ)したかを確認(かくにん)して、12月からの体育館練習に臨(のぞ)むようにしましょう。

園長通信~こころ~ №349
                       3つの落とし穴
                                                                                         2025.11.28
                                                                            
    人を育てる。これは、我が人生における大きな課題の一つである。先輩として後輩を育てる。上司として部下を育てる。経営者として社員を育てる。校長として先生方を育てる。教師として生徒を育てる。親として子どもを育てる。
 それぞれの課題に直面したとき、理解しておくべきことがある。それは、人を育てるという営みに忍び込む3つの落とし穴である。                                                          

     一つは、相手を客観的な対象として見てしまう「対象化」である。もう一つは、相手を自分の望む方向に変えようとする「操作主義」である。さらには、相手の成長を目標達成の手段と考えてしまう「手段化」である。          
     職場で、会社で、家庭で、教えても育たないと悩むとき、多くの場合、我々は、この3つの落とし穴に陥っている。                                                                        

    では、この落とし穴に陥らないためには、どうすればよいのか。そのためには、まず、一つの覚悟を決めることである。それは、人を育てるとは、己を育てること。その覚悟を定めたとき、相手との間に、一体感や共感が生まれ、信頼が生まれ、成長そのものがすばらしい目標であるとの意識が生まれる。                                                                     そして、その覚悟を決めたならば、我々が為すべきことは3つある。                         一つは、成長の場を創ること。一つは、成長の目標を見せること。一つは、成長の方法を伝えること。この3つを心を込め、祈りを込めて行うならば、人は誰もが自らの中にある生命力によって、成長していく。                                                                            

     中学校の部活動に行っている。行っているといっても、週に1回、土曜日ぐらいしか指導できる時間はない。その短い時間の中で、選手たちをいかに成長させるかを考えている。技術的なものもあるが、人間としての成長を一番に据えている。
 顧問時代のように、毎日、テニスコートに行ければ、やり方も違ってくる。選手たちと接する時間は限られている。そうなると、何を話すか。その言葉が重要になってくる。この言葉がむずかしい。きっと、3つの落とし穴に陥ってしまうと、うまくいかないのである。選手たちの心に響かないのである。
 指導者は、常に、落とし穴に陥っていないか、自らを振り返る必要がある。選手たちのおかげで自分は成長できている。そう思いながら、どんな言葉かけをしていくか、考えていきたい。      
 

 

 国語指導編

 

 

  まずは個人に考えをもたせる

 めあて・学習課題の提示および把握が終わったら、自力解決へと進みます。まずは、めあて・学習課題に対する自分の考えをじっくりとノートに書かせます。書くことは考えることです。書けるかどうか、書いたことが学力です。ここでつまずくと、

この後の学習に参加できなくなってしまいます。

 

   ✖  2分で書きなさい。

 

 さあ、自力解決だという段階で、「2分で書きなさい」という指示を目にすることがあります。2分では、じっくり考えることはできません。2分で書ける子どもは数名でしょう。結局は、時間を延長するようになります。机間指導の時間としても不十分です。机間指導ができなければ、つまずいた子どもを救うことができなくなります。全員が個人の考えをもてるような手立てが必要となります。  

園長通信~こころ~ №348
                      文知摺観音からの電話
                                                                                          2025.11.27
                                                                            
    11月の1週目だった。幼稚園に電話がきた。主任の先生が出た。どうやら私への電話らしい。「文知摺観音からお電話です」文知摺観音?すぐに2つのことが頭をよぎった。
 11月1日の福島民友新聞「随想」コーナーに、「文知摺観音」というタイトルでエッセイを掲載したばかりだった。そこには、百人一首などの知識について書かれた内容があった。もしや、間違いがあったのか。いや、そもそも何の了解も得ずに、勝手に文知摺観音のことを書いたのがまずかったのか。すぐに危機管理意識が働いた。
     電話をかわった。「文知摺観音の入り口にある普門院の〇〇です。失礼ですが、民友新聞の文章を書かれた方ですか」「そうです」「突然すいません。感激してしまいまして。あんなふうに書いていただけるなんて、本当にありがとうございます」
 どうやら、いいほうの電話だった。「いえいえ、こちらこそ感激しています。わざわざお電話をいただけるとは、うれしいです。どこかまちがっているところはなかったでしょうか」書いた内容に間違いはなかったらしい。                                                                もう何度も随想を書いているが、このようなことは初めてだった。改めて、新聞の力には驚かされた。そもそも、当事者である文知摺観音の方が、民友新聞をお読みになることを想定していなかった。                                                                        

  「もうまもなく文知摺観音のモミジが真っ赤になる頃ですか」「今週が霊山で、うちは来週ですね」なるほど。そうなのか。そういえば、以前行ったときも、11月の2週目くらいだった。今度行ったときには、普門院にお邪魔してお礼を言おうと思う。       毎年、桜の時期も、紅葉の時期にも、何かしらのエピソードが生まれる。今年の紅葉では、今回のエピソードに恵まれた。文章を書いていると、何かにぶつかることがある。それは、人との出会いであったり、書籍の中の言葉だったりする。とにかく前に進んでいれば、何かが起こる。そんな気がする。それは、きっと自分の人生を豊かにしているのだと思う。ありがたいことである。     

    思いがけない文知摺観音様からのお電話により、幸せな気分になれた。同時に、身の引き締まる思いがした。自分の文章を多くの方が読んでくださっている。そう思うと、今まで以上に練りに練った文章を書いていかなければならない。                                       まもなく11月が終わる。今年の紅葉シーズンも終わりを告げる。これからは本格的な冬へと向かうことになる。冬は冬で、また何かがあるような気がする。とにかく前に進んでいこうと思う。
 

園長通信~こころ~ №347
                        ナショナルチーム
                                                                                         2025.11.26
                                                                            
    もう20年以上も前の話になる。自分が「YES」と言えば、ナショナルチームの監督になるところだった。                                                                              

    その頃、イタリアにいた。ローマに住んでいた。日本ソフトテニス連盟が、ソフトテニスを世界中に普及させようとしていた。ソフトテニスをオリンピック競技にしたかったのであろう。ヨーロッパへの普及の足がかりとしてイタリアが選ばれた。まずはイタリアからと考えたらしい。
 事の経緯は忘れてしまったが、私のところに連絡がきた。数日後、日本ソフトテニス連盟の方が、ローマ日本人学校にやってきた。手土産というわけではないのだが、ラケット4本とボール1ダースをもってきた。これでよろしくお願いしますということだった。さすがに、ローマには自分のラケットをもってきてはいなかった。イタリアでソフトテニスをやろうとは考えなかった。やれるとも思ってはいなかった。                         
 しばらくして、ローマ市内のテニスコートに行くことになった。久しぶりである。幸いにも、ローマ日本人学校の同僚の中に経験者がいた。ちょうど前衛だった。私が後衛なのでペアができた。テニスコートにイタリアの女性が現れた。4人である。みんな背が高い。明らかに、こちらを見下している。こんなに小さな日本人の男が、本当にソフトテニスなんてできるの。そう言っているように思えた。確かにこちらは二人とも小さい。                                                

     試合をすることになった。女性たちは硬式テニスの経験者だった。どういった経緯かはわからないが、彼女たちがイタリア代表として選ばれたのだろう。ボールを打ってみると、意外と打てる人たちだった。それなりにソフトテニスの練習をしてきているようだった。                 
     試合が始まった。とりあえず形にはなっていた。だが、こちらの敵ではなかった。競り合うほどではない。かといって、圧倒的勝利を収めてしまっては、彼女たちのプライドを傷つけてしまう。国際親善の観点から、ほどほどに手を抜いた。それでも、こちらが勝利した。試合の途中から、彼女たちの表情が変わってきた。こんなはずではないと思っていたのかもしれない。きっと、硬式テニスでは、それなりの人たちなのであろう。                                                  

     試合が終わると、彼女たちの表情がやわらぎ、こちらを認めているふうだった。ローマ日本人学校教員ペアが、イタリア女子代表に勝った。無事に国際交流は終了した。                        

     数日後、また日本ソフトテニス連盟の方が、ローマ日本人学校にやってきた。今度、東京で国際大会がある。イタリア代表も参加することになった。あなたにイタリア代表の監督をお願いしたいとのことだった。
 一瞬、心が揺らいだ。日本に行ける。そう思った。だが、はいわかりましたとはいかない。そもそもイタリアの外に出るのが簡単ではない。日本に行けるのは、身内の不幸などに限られる。許可が下りるわけがない。自分の置かれている立場を説明し、丁重にお断りをした。                  

    後日、東京の国際大会に彼女たちが出場したことを知った。イタリア代表選手の練習相手をしたことになる。これも国際貢献か。思い出とともに残ったのは、いただいた4本のラケットである。これらは、そのまま日本へ帰国となった。今でも我が家にある。思い出の品である。