園長通信~こころ~ №357
                          弥彦山
                                                                                          2025.12.10
                                                                            
    弥彦山に行ったことがある。登ったと言いたいところだが、一度目は車で、二度目はロープウエイを使ったため、登ったという感覚はない。
 最初に行ったのは、数年前になる。なぜ、新潟の弥彦山を目指したのかは忘れてしまった。どこに行くかと検討しているうちに、たまには新潟に行くかとなったように思う。新潟は、お隣の県なのだが、高速を使っても意外と時間がかかる。                               その日は、秋だった。お天気がよく、風もなかった。弥彦神社にお参りをした。ロープウエイもあるのだが、車でも行けることがわかり、車で登ることにした。駐車場に車を停め、展望レストランを目指した。そこが一番高い所だった。                                       レストランの屋上に着いた。驚いた。眼前には、越後平野と日本海とが一度に見渡せる。よく見ると佐渡島も見える。絶景である。越後平野には、田んぼがきれいに並んでいる。さすがは米どころ新潟である。日本海はというと、波が穏やかである。弥彦山は、自然がつくり出した天然の展望台だった。                  
 どこに行っても、景色に感動することなどまずない。自然の造形に心を動かされることが少ない。ところが、弥彦山は違った。心を動かされた。ずっと眺めていたい。また来たい。そう思うことができた。                                                                                

    もう一度、弥彦山に行きたいと思いながら、時が経ってしまった。いつでもいいわけではない。あまりにも一度目がよかったため、お天気がよく、風もない日を選ばなくてはならない。最初の印象を下回ることは避けたい。せっかくの弥彦山のイメージが変わってしまう。                    

    二度目も秋だった。紅葉真っ盛りのタイミングは逃したが、十分にその名残はあった。まずは、弥彦神社にお参りである。あまりの人の多さに驚かされた。まるで、初詣のようである。今度は、ロープウエイを使うことにした。ところが、乗るまでにだいぶ時間がかかってしまった。ようやく乗ることができた。ガイドさんがいた。ベテランの女性である。これがすばらしかった。名調子である。降りるときには、拍手が起こったほどだった。
    けっこうな時間を要したが、展望レストランの屋上までたどり着いた。期待はしていたが、それを裏切ることはなかった。越後平野に日本海、そして佐渡島は、変わらずに迎えてくれた。秋の田んぼも実に綺麗だった。お天気がよく、風もないコンディションも前回同様だった。              

    帰りもロープウエイに乗った。係の女性の案内にしたがって乗り込んだ。ロープウエイが動き出した。すると、その女性は、ロープウエイの乗り口すなわちお客さんたちに一礼した。そして、ロープウエイが動き出すと、進行方向へまた一礼した。行きのガイドさんといい、帰りの係の方のお辞儀といい、ある種のメンタリティを感じた。気分がいいまま、弥彦山を後にすることができた。 

    おかげで、ますます弥彦山が好きになった。何年かしたら、また行ってみようと思う。きっと、あの女性の皆さんのメンタリティは変わらないことだろう。                                  
 

園長通信~こころ~ №356
                          師走
                                                                                          2025.12.9
                                                                            
    気づけば、12月になっていた。師走である。月の異名、別な呼び方の中でも、最も一般化しているものであろう。他には、3月の弥生、10月の神無月だろうか。             師走になると、どうしても今年一年を振り返りたくなる。この場合の一年とは、1月から12月のことである。だが、仕事上では4月からがスタートになっている。年度である。年度では、まだ1年は終わらない。ここらへんが、どうもややこしい。           今年も刺激と変化を求めた一年だった。今年「も」である。今年「は」ではない。常に、刺激と変化を求めている。そういうタイプ、体質なのであろう。自ら刺激と変化に飛び込むこともある。だが、ここ数年は、流れに身を任せるというか、頼まれたことやオーダーされたことをやることで、結果的に刺激と変化を獲得できている。             頼まれごとは、今までの自分の人生、生き方、経歴などが元になっているはずである。ということは、これまでの経験を生かすことができているということになる。これは、非常にありがたいことである。                                                                                

    その一方で、いつも、何か新しいことはできないかと考えている。自分から刺激と変化に飛び込むのである。これが簡単ではない。できれば、数年は続けられるものがよい。自分ではよくわかっている。三日坊主の体質である。とりあえず始めてみる。2日か3日で終わる。こうなることがわかっているため、始めることさえしなくなっている。もはや、自分に対する諦めである。          

    ところが、なぜか続いているものがある。文章を書くことである。この前、主任の先生に言われた。「園長先生は、人のためになることを続けているのではないですか」なるほど。そうなのかもしれない。よく考えると、三日坊主で終わってしまうのは、自分のことばかりである。相手は関係ない。人のためにはならない。そう考えると、文章を書くとはいっても、日記であれば、間違いなく三日坊主である。もう何年も書いている文章は、ホームページやブログにアップし、読んでくれる人がいるから続いているのかもしれない。                                                  

    ということは、人のためになることで新しいことを始めればよいということになる。それは何だろうか。今のところ、わからない。この師走は、このことを考える月にしよう。これが、年が明け新たな年の抱負や目標となる。そして、刺激と変化を手に入れることにつながる。               

     今年一年、無事に過ごすことができたことに感謝しつつ、新たな刺激と変化を求める師走を大切な時間としたい。                                                                        
 

園長通信~こころ~ №355
                        ブロック研究
                                                                                          2025.12.8
                                                                            
     幼稚園・こども園会では、毎年、研究を行っている。小学校や中学校でも行っている。研究をするのが当たり前になっている。研究というのは、外部への公表、外への発信が前提となっている。そのため、研究のまとめという作業を伴うことになる。それは、研究論文だったり、実践記録だったりする。それらを研究作品や研究物と呼ぶこともある。                                      

    福島地区国公立幼稚園・こども園会では、ブロックに分かれて研究を進めている。いわばグループ研究である。この方法には、メリットもデメリットもある。何でもそうだが、メリットを最大限に生かすことが大切である。                                                                   教員にとって、研究は宿命ともいえるものである。だが、そのわりには、研究の手法を教えてもらう機会が少ない。これは、どういうことなのだろうか。だから、先生方は、これでいいのかな、どうなのかなと暗中模索のまま進むことになる。それでも、経験を積んでいくと、それ相応のものが身についていくようになる。                               教えてもらえないのであれば、自分で勉強するしかない。私も、まだ若い頃だが、研究の進め方がわかる書籍を4冊購入して勉強した。そうでもしなければ、何となくやっているだけで、まとめ方がわからないままになる。せっかく、いい実践をしたとしても、まとめ方がよくなければ、人には理解されない。                                                                 我が園の若手教員が、ブロック研究の班長を任されている。責任をもって、ブロック研究をまとめる役目を担っている。こういった機会が、研究の進め方、まとめ方を勉強するチャンスである。『初めての教育論文 現場教師が研究論文を書くための65のポイント』という本を預けた。いわば研究の手引書である。困ったときに、すがるものがあることが重要である。このような本は、時間があるからといって読むかというとそうでもない。必要に迫られて読むのである。それでいい。  

     一度、研究の手法がわかると、その後はスムーズにまとめることができるようになる。何事もまとめ方は重要である、すなわち、相手への伝え方である。研究には、一貫性、整合性が求められる。そのため、柱のようなものがあるとよい。あれもこれもとなりがちだが、間口を狭めて、深くやっていくのがよい。そうすると、おもしろくなってくる。                                        

    ブロック研究には、いくつかのメリットがある。その一つが人材育成である。若手を育てることである。若手の成長とともに、ブロック研究が意義のあるものになることを願っている。        
 

N中ソフトテニス部の軌跡 No.20

                 1球1考

                                      2025.12.5

 

    2回目となる体育館練習を行いました。乱打をしました。いいボールを打っていました。体育館でのボールとの距離感(きょりかん)がわかってきたようです。前衛の正面ボレーを行いました。前でボレーができるようになってきました。後衛の上げボールもよくなってきました。どんどんうまくなっています。

 これらは、ほとんど動かずに打つボールです。問題は、動いたときです。前衛であれば、3歩動いてのフォアボレーです。練習量が少ないため、まだうまくはいきません。これから練習していくと、上手(じょうず)になっていくはずです。

 後衛はどうでしょう。正(順)クロスで打つボールが右にとんでいないでしょうか。角をねらっても右にとんでいるボールが多いのです。あるいは、そもそも角をねらっているかです。右にとぶということは、何かを変えなければいけません。

 ○  打つポイントが遅(おく)れているのだから、もっと前で打つ。

 ○  打つポイントが遅れているのであれば、左足を打つほうよりも左に開いて打つ。

 ○  ボールがラケットにあたるときに、前に押し出すイメージで打つ。

 練習しながら、いろいろやってみなければわかりません。同じようなミスが2球も3球も続くのは、何も工夫していないということです。

 前衛がネットに立つと、後衛のミスが急に増えます。試合でも前衛がネットに立っています。きっとミスが出るでしょう。ネットに前衛がいない乱打であれば、伸び伸びといいボールを打つようになりました。

 前衛がいるとミスが増えるのは、技術的なことよりも、きっと精神的な問題です。実際には、試合では、前衛はそんなにボールにさわってはいないのです。後衛が弱気になって、勝手(かって)にネットをしたりアウトをしたりしているのです。

 正クロスで右にボールがとぶと、ネットに立っている前衛にフォアボレーをされてしまいます。これがよくありません。これからは、角をねらって打つことを目指(めざ)しましょう。

 前衛は、スマッシュの練習も始めました。スマッシュは簡単(かんたん)ではありません。練習することで、少しずつできるようになります。ボレーもそうですが、力(ちから)は必要ありません。どこをねらって打つか、打つコースの問題です。まだまだ力が入りすぎています。

 練習の雰囲気(ふんいき)は、どんどんよくなっています。考えながらうまくなろうとしているからです。そのためか、新しい練習のやり方を説明しても、理解してできるようになってきました。これからレベルが上がっていくと、どんどん新しい練習をやっていくようになります。話を聞いて理解して動けるのは、とてもいいことです。

 とても短い体育館での練習時間です。1球1球、1分1分が大切になってきます。今まで以上にうまくなろうと考えながら練習していくことが大切です。「1球1考(いっきゅういっこう)」です。1球打ったら1回考えるということです。「1球1考」を頭に入れておいてください。

園長通信~こころ~ №354
                        カットバン
                                                                                          2025.12.5
                                                                            
    暑かったとは思っていても、11月になると、急に寒くなる。すると、毎年、同じ症状が出る。あかぎれである。指先のあかぎれである。右手の親指と人差し指が多い。よく使う右手、それもよく使う指である。指先に亀裂が生じても痛みがなければ何ということはない。ところが、いつも痛みが生じる。水が強くしみる。日常生活に支障が生じる。                                      

    では、どうしているのか。まずは、夜、寝る前、指先にオロナインH軟膏を塗る。よくはわからないが、オロナインは万能薬である。あの茶色の箱への信頼度は高い。だが、手がベタベタになる。布団に入る。しばしの間、手は布団の外に出しておく。       オロナインH軟膏だけでは、なかなか改善しないことがある。痛みがひどくなっていく。このようなときは、カットバンの登場となる。これを指先に貼ってしまうと、作業がしづらくなる。だが、痛みはだいぶ和らぐ。                                                                           ここで考える。カットバンとは言っているが、本物のカットバンを見ることは滅多にない。この前、久しぶりにカットバンを見た。幼稚園の救急コーナーにあった。きっと地方によっては、カットバンと言っても通じない。このようなことはよくある。          カットバンは、絆創膏の地域による呼び名の一つである。特に、東北地方、中国・四国地方、九州・沖縄地方で多く使われている。カットバンの本社はどこにあるのか。佐賀県である。知らなかった。                            
     他の呼び名を挙げてみる。バンドエイドは都市部を中心に広く使われている。ここらへんでも、カットバンよりもバンドエイドのほうがよく見るような気がする。サビオは、北海道で使われている。リバテープは、九州地方で多く使われている。キズバンは、富山県限定である。              

     絆創膏の呼び名で、出身地が、ある程度特定されてしまうということになる。東京に行ったら、カットバンは通じない。バンドエイドと言うことにしよう。                              電子オルガンのことをエレクトーン、化学調味料のことを味の素、食品用ラップのことをサランラップという人がいるのも同じ現象であろう。セロテープもそうである。他にも、まだまだある。食べ物では、きんつばと大判焼きなどもそうである。             今年も、あかぎれには悩まされそうである。すでにカットバンのお世話になっている。今回は、本物のカットバンである。あかぎれ対策としては、皮膚の乾燥を防ぐことが一番のようである。やはり、オロナインH軟膏のお世話になるしかあるまい。あのベタベタ感が、いかにも効いてそうで、頼りになる存在である。