神戸市公立中学1年の最初に選ばれる国語の授業は、朝のリレーである。
「朝のリレー」
カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球で
いつもどこかで朝がはじまっている
ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
いつもどこかで朝がはじまっている
ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交換で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ
3年くらい前にもテレビのコマーシャルで使われたので、お馴染みのひとも多いだろう。
1〜4行目と5〜9行目が対句になっている。
ほかにも、反復、倒置、擬人法など、詩の技法を学ぶ単元でもある。
第二連は、主題は連帯して地球を守るということだ。
テストでは難しくないので、技法を、しっかり覚えてください。
ビデオと比べれば、分かるのですが、カムチャツカ、とカムチャッカ半島の、ツが大文字であるか、どうかも、なかなか、はっきりしない。
「朝」はあっても、「夜」は寝返りとか、夢を見るとか、直接述べられていません。
まあ、作者は、朝とか未来とか、連帯して地球を救うという、主題なんだけど、ウソくさい。
なぜかというと、地球を守るって、一体何から守るの? これが書かれていない。
宇宙人から?
中学生的には、戦争や自然破壊から守る、が正解だが、この詩が書かれた1960年頃には、谷川俊太郎さんに子どもが生まれた。
だから、作者の本音は、地球を守るではなく、我が子を見守るなのだ。 詩人もごくプライベートな小市民なのだ。
我が子を守るのなら、べつに、特定の何から守ると、指定しなくてもいいだろう。
病気や不運やあらゆる、悪から子を守るのは、親の本能だからだ。
しかし、教科書に掲載する以上、そんな私的な、我が子可愛いや〜、と言う作者の生活が舞台裏にありまして〜、地球は子どもなのです、はダメなので、
国語の先生たちが相談して「地球を何から守るのか、生徒さんたちに自由に考えさせましょうや」となったのだ。
これは、大人の感想なので、中間テストのある中学生は、学校の先生の授業どおり覚えてくださいね。
