$Rollingcatの越境レポート。
膨らむか膨らまないかは、
焼いてみないと分からなかったりするのが、パンケーキ。

レポート執筆のお供に、
連日朝からパンケーキを焼いていますが、
いただいた年賀状のメッセージを思い出して、
ふと、
「期待しています」
の言葉が、
気になった。

思えば人生、
基本的には
「ポテンシャル採用」
なわけである。

未来が確実ではない以上、
すべての人間の関係は、
ポテンシャルなわけであって、
しかもとりわけわたしのような人間については、
ポテンシャル以上に判断する要素が殆ど存在しない。

…明確に優越な数字的根拠とか、
実績とかがあるわけじゃ、
ないわけだし。

留学の試験だって、
入社の面接だって、
プロジェクトのアサインメントも、
「期待しています」
の鶴の一声(?)にて、
ことが進む。

期待し、
期待されるって、
なんて、脆弱で強固な関係なのでしょうか。

こんなにも、
人生を左右する。

いただいた手紙にも、
たとえわたしが放浪学生の身の上であっても、
「若い」
という事実によって、
これからの時代を期待されていること。

少し、
背筋が伸びる思い。

と、同時に、
人に期待するって、どういう気持ちなのかと、
まだ想像すら出来ないわたしは、
つまり人生序の口であるということでも、
あるのかもしれない。

思い浮かぶのは、
あらゆる面接の現場とか、面談の現場とか、
人生の先輩や、職場の上司の顔ばかり。

期待を裏切るようなことばかりを、
してきたような気もするし、
長い目で見れば、
まだ答えが出ていないような気もするし。

ポテンシャルって、
いつ結実しているのか、
正直分からない。

でも
分からないからこそ、
それを知って、
思いとどまったり、
ふんばったりすることもできるんだなと、
思ったりもする。

目に見えない何かに、
束縛されているとも、
いえるわけで、
ただそれが、
柔らかな感情、
あるいは、
愛情であるという違いにおいて、
効力を発揮するわけで。

いつかその相手に、
「よかった」
と思ってもらえるように。
$Rollingcatの越境レポート。
弟にお誕生日おめでとうのメールを送ろうと思ったら、
年齢が分からなくなり、
wikipediaで相葉ちゃんの年齢を調べ、確認する。
同学年なのは知ってたけど、
生まれた年も知ってるけど、
計算ができない。
というか、
そんなに「大きくなっている」のかが実感分からず、
客観的情報にて確認したかったというところで。

そうです、
わたしたち、
すっかり「大きくなって」いるんですよね。

結婚も
子どもも
いないわたしたちは
永遠の少年少女、かもしれない。

生物学的に年老いていくとしても
数字がすべてなわけでもないと
なんとなく思っていたり。

昨日、New year's eve dinnerの席で、
「年を重ねるごとに、ambitiousになっていく」
という話をしたら、
2~3歳年下の子に、
彼女は、まったく逆だというので、
なんでそう思うのかを聞かれて、
なんでそう思うのかを考えてみたのだけれど、
根拠はない。

ただ、
年を重ねるごとに、
制約もできてきて、
一方で、
自由になった気がするわけです。

自信がついたこと、
諦めたこと、
その両方が積み重なって、
もっと自分らしく、
もっと自由になったということ、なのでしょうか。

そして、
まだまだ、足りないわけで。

自信をつける努力も、
諦める潔さも、
まだまだ足りない。

多分、
自由になるために、
がんばってるんだな、
と、
丑年の牛を、
食べ納めて、
実感しました。
日本の皆様、happy new yearですクラッカー

わたくし今から完全防寒で街中へ出かけて来ます。

youtubeのお陰様で、
嵐の晴れ舞台もじっくり堪能し、
英国から輸出のスーザンボイルさんも拝見し、
絢香のラストライブに感動し、
何だか紅白ダイジェストをした気分ですので、
すっきり、うっきり、元気に、
2009年に感謝を述べて来たいと思います。

おせちいっぱい食べて、
2010年のご多幸を!