
膨らむか膨らまないかは、
焼いてみないと分からなかったりするのが、パンケーキ。
レポート執筆のお供に、
連日朝からパンケーキを焼いていますが、
いただいた年賀状のメッセージを思い出して、
ふと、
「期待しています」
の言葉が、
気になった。
思えば人生、
基本的には
「ポテンシャル採用」
なわけである。
未来が確実ではない以上、
すべての人間の関係は、
ポテンシャルなわけであって、
しかもとりわけわたしのような人間については、
ポテンシャル以上に判断する要素が殆ど存在しない。
…明確に優越な数字的根拠とか、
実績とかがあるわけじゃ、
ないわけだし。
留学の試験だって、
入社の面接だって、
プロジェクトのアサインメントも、
「期待しています」
の鶴の一声(?)にて、
ことが進む。
期待し、
期待されるって、
なんて、脆弱で強固な関係なのでしょうか。
こんなにも、
人生を左右する。
いただいた手紙にも、
たとえわたしが放浪学生の身の上であっても、
「若い」
という事実によって、
これからの時代を期待されていること。
少し、
背筋が伸びる思い。
と、同時に、
人に期待するって、どういう気持ちなのかと、
まだ想像すら出来ないわたしは、
つまり人生序の口であるということでも、
あるのかもしれない。
思い浮かぶのは、
あらゆる面接の現場とか、面談の現場とか、
人生の先輩や、職場の上司の顔ばかり。
期待を裏切るようなことばかりを、
してきたような気もするし、
長い目で見れば、
まだ答えが出ていないような気もするし。
ポテンシャルって、
いつ結実しているのか、
正直分からない。
でも
分からないからこそ、
それを知って、
思いとどまったり、
ふんばったりすることもできるんだなと、
思ったりもする。
目に見えない何かに、
束縛されているとも、
いえるわけで、
ただそれが、
柔らかな感情、
あるいは、
愛情であるという違いにおいて、
効力を発揮するわけで。
いつかその相手に、
「よかった」
と思ってもらえるように。

