”米のハイチ募金、国連への各国拠出金上回る”
”国連が受け取った加盟国の拠出金は、22日現在で2億4100万ドルと、水をあけられている”

読売新聞の記事に、そんなことが書いてあったけど、
「水をあけられている」
とかそんなこと、
さして重要ではないし、
加盟国の拠出金が、民間の募金額を上回らなくてはならない理由もない。

例えば、国よりも、多国籍企業の方が場合によってはお金持ちなことなんて、
この資本主義の世の中、当然なことだし、
場合によっては、一個人の方が?

それに、税金をやりくりしている資金源よりも、個人の資金が流動的なのは明らかで。

そして何よりも、
こういう問題が、むしろ、
国、の問題ではなく、
ヒューマニティーの問題であるがゆえ、
個人のお金が、現場に届くということは、
そのことが自然であり、
そういう時代になって来ているのだと、いえる。

国家>個人(プライベート)ではなく、
すべての人やすべての組織は、
完全にオーバーラップしている。

そのときに何が起動(機動)するのか、
合理的になってきているわけだ。

23日のCNNを見ていたら、
アメリカ全土で、
Red Crossには、$34mil.、
UNICEFには、$26mil.
集まっているそうだ。

更に番組では、各団体に取材をして、
今回の募金がHaitiに本当に届いているのか?を、明らかにしていたので、
(一般募金と同じお財布に入れられてしまっているのではないか?という疑問について)
これを見て安心したという視聴者もいるでしょう。
(UNICEFは100%Haiti支援へ、Red Crossは9%が組織全体の運営費に回され、91%がHaiti支援へ使われている、という答えでした。こういうアカウンタビリティは重要ですね。)

とすれば、今現在、募金額は、もっと増えているでしょう。

ダイナミズムを感じます。

何もできない自分がもどかしい限りですが、
とりあえず、iTunesで、Haiti支援のチャリティーアルバムを購入しました。
iTunes storeで1枚1,200円です。
これも、なんとも「現代っぽい」「現代ならでは」の、動きだと、思います。

世界のどこにいても、ワンクリック。
とても売れているようです

マスターカードで、お金では買えない価値を買うのだとしたら、
こういうことなんじゃないかと、思います。

Appleを通じて、
募金は、Red Cross, UNICEFはもちろん、諸々Haiti支援に取り組んでいる団体へ、
全額寄付されるそうです。

修論がGlobal Activismの方向へ進みそうな自分としては、
絶望の中に希望が見える動きです。

現地で頑張っている人、人、人、に、
祈りが届きますように。
$Rollingcatの越境レポート。
やっぱり女子的には…
気分が乗らないときには、美容院に行くに限りますよね???

ということで、
ロンドン初サロン体験をして来ました。

日本では、いつも同じ美容師さん(が無理なときは、とある美容院)に、
ここ数年来お任せっぱなしでお世話になっているので、
(神戸にいるときも、東京に行って髪切ってました)
何だか、他の人に任せるとなると、正直、落ち着かないのですが、
致し方ありません。

とにかく気分が乗らないのだから、髪切りに行くしかないのです。

で、
ネットでいろいろ情報を調べて、
日本人の方が経営しているサロンへ行ってきまして、
ざっくり、
「こけし」仕様、
或いは、
「アジアンビューティー」仕様、
に。
(”慣用句”的に流してくださいよ、ビューティーの定義とか不要ですから!)

切った直後よりも、後のスタイリング等等がどうまとまっていくのか、
そこが美容師さんの腕の見せ所だと思うので、
評価(或いは、相性)は、後日つけることにしたいと思いマス。

それにしても、
その後、
街歩きをしたり、ご飯を食べたりしているときに、
老若男女に、道およびたわいもない話をされること複数回…

まぁ、ひとりで、てくてく、ぼちぼち、やっているので、
話しかけやすい、質問しやすい、っていうのはあるのでしょうけれども、
それにしても一日にこんなに声かけられることもありません。

さすがに推定中学生女子、のグループに道を尋ねられたときには、
一瞬、犯罪か?(気を引いている間に、スリに遭うとか)と思ったりもしましたが、
普通に道尋ねられただけでした。
「MANGO」どこですか、的な。

もしやこの「こけしヘアー」には、人吸引力があるのではないかと、
思わざるを得ません。

なんか…
「平和」(ピースフル?)なんでしょうなぁ、この頭。

内面の混沌と外面の平和が更に不協和音な感じで、
ますます人格分散してきましたが、
結局それが現実であることを実感しただけでも、実りあったかもしれません。

いい一日でした。

沈む、落ち込む、
些細なことで、
不安定になるときに、
ちょっと知っている顔に出会って、
ちょっと話したりするだけで、
救われた気持ちになったり。

フラットのキッチンで、
ワインを一杯、お裾わけしてもらって、
10分、15分、立ち話するだけで、
今日が何だか、いい日だったように思える。

マイナスが、ゼロにリセットされるような。

すがりたくなるような、すがれない距離がまだ、
少し寂しかったりもするのだけれど。

こちらに来てからというもの、
わたしは一人じゃ生きられないんだ、と、実感することが、
多い生活です。

一人でいることが割合平気だと思っていたし、
実際、平気でいられるのだけど、
一人でいることが平気なのと、
一人で生きるのとでは、
天と地との差があるという事実に、
根本的には、平気ではないという自分の現実に、
向き合うのもまた、
人生が深まってきた証拠なのかもしれないと思ったりもする。