$Rollingcatの越境レポート。

昨日、金曜日は、
Campaign skillsという授業に、
Saatchi&Saatchi UKのCEO Robert Seniorがやって来ました。

もうずっと前から楽しみにしちゃってて、
当日は、朝からうきうきでした(「久しぶりに広告業界の匂いがかげるのね!」)。

授業の内容は、至って普通の(といったら語弊があるかもですが)、
マーケティング/ブランディングをいかに政治家/選挙キャンペーンに使って行くか、
という話だったのですが、
わたしが感心したのは、
自分たちのポリシーによって、Labourのキャンペーンを担当している、という点。

つまり、仕事として、ギャランティのためにLabourをサポートしているのではなく、
政治に広告的要素が必要だと考えるとき、自分たちはLabourを支援したいから、やっている、
これがConservativeだったら、やらない、という、
その選択の意志があることと、自由があるところに、そもそも土台として、
日本の政治と広告業界とのつながりにないものがあるなぁと、思ったのでした。

政治への関わり方に、自分が政治家になるのでも役人になるのでも、
或いは一有権者としているのではなく、
広告マンとして関わるという関わり方。

あると思います。

ただこの考え方って、民主主義という観点からすると疑問もあるのだということで、
当日も、
「投票も、チョコレートを買うのと同じchoiceのひとつだ」
と断言したRobertに対し、
「あり得ない!選挙の重大性が分かってない!」とか、
「民主主義馬鹿にしてんの!」とかいう質問・意見が飛び交ったり、
選挙で選ばれるわけではない一広告マンが、世論を動かし、国の行く末に大きく影響する、
という図式へのそもそもの懸念(これは、同様に選挙で選ばれるわけではない官僚や、
或いは、ジャーナリストにも言えることなのだけれど)があるのも事実なわけですな。

でも、政治とはそもそも、その殆どがコミュニケーションなわけで…
コミュニケーションがないと成り立たないわけで…
政治の大衆化、いや、政治は大衆のものでは?
「討議」をするのにも、その討議のきっかけはどこからどのように生まれるのか?
誰がそれに参加するのにふさわしいのか、そもそもふさわしさなんてあっていいのか?
どこからどこまでが理性的なのか、感情的なのか?
線の引きようがない。

と、わたしは思っているので、
個人的には、
コミュニケーションを促進する手段としての広告の手法が使われるのは、
ありだと思っています。

「消費者教育」と同じで、
それが、つまり、そういうキャンペーンを見抜く力が、
今後の「市民教育」になるのかもしれないし。

というわけで、
楽しい楽しい授業でした。
久しぶりに… あっガーン

ちなみに、この春の選挙では劣勢が伝えられる(政権交代が予感される)Labourですが、
敵手Conservativeの党首David Cameronの名前を用いた
「Camera on Camera off」
のポスター、個人的に面白いー!と思いました。

さて…
写真は、金曜日夜にロンドン市内で行われた、H大学同窓会ロンドン支部会の、会場。
久しぶりにキラキラな建物に入りました…
そして久しぶりに大量の日本人(60名くらいでしょうか)を目にし、
不慣れな「ニッポンのカイシャ」的な雰囲気を十分に堪能したのでした。

みなさん大層立派で、
浮浪もののわたしは、
何の会話をしていいものやらわかりませんでしたが(そんなこともあるまい)、
他人は他人、
自分は自分。

無理なものは、無理。

好きなものは、好き。

ですよねですよねシラー

懐かしい出会い、新しい出会い、
ひとときの楽しみでありました。
昨日は、Barbican Hallにて、
London Symphony Orchestra (LSO)を聴いて来ました。
指揮は、Sir Colin Davis。

目玉は、何といっても、
MendelssohnのViolin Concertoのソリスト、Midoriさん。
すなわち、五嶋みどりさんです。

ずっと会いたかった人に会うって、
「感極まる」ってこういうことだって、
先日のBarenboim氏のときにも思ったけれど、
登場した瞬間の、あの、体が震える感じは、
リアルにのみ存在する、独特の、ご褒美なのだろうと思う。

「ちっちゃい!」

というのが、最初の印象。
ちっちゃくて、細くて、若い。

そして、途中で弦が切れるほどに情熱的な演奏…と聞き及んでいた、
まさにそのパワーが、
そのちっちゃい体から、ステージ上を圧巻する勢いで溢れ出る。

Barbicanは音響があまりよくない、ということなのだが、
まるで自分の赤ちゃんを、ひとりでも多くの人に見てもらおう、というように、
ヴァイオリンの、その音色が響く部分を、
右に、左に、
わたしたちの側に向けて、
鳴り響かせているようでした。

そのちっちゃい体に、
すべての人の、耳と目が集中して、
静かな中に鳴り響く一音一音に、
すべての人の、心臓が、ぐっと引き上げられるような、そんな演奏。

五嶋みどりさんは、
国連の平和大使を務めるほか、
自身でNPO Midori&Friendsなど、いくつかの組織を立ち上げて、
貧困地域の子どもたちが音楽に触れ、世界を広げる機会を創ることに取り組んだり、
ただの天才バイオリニストではないところに、
魅力を感じて来ました。

今回、ライブでその演奏を聴いて、
経歴だけ見れば、超人であるのは間違いないのだけれど、
何だか…
すごいんだけど、すごく感じさせないというか、
それが彼女の、天命であり、使命であり、自然であるんだなぁと納得して、
「神だ」
と思いました。

(ギャル用語的には、「ありえないくらいにかわいい」=「神」らしですけど、
ま、似たような感じで、「ありえないくらいにすごくてナチュラル」。)

いい調べに触れた、つかの間の、安堵。
$Rollingcatの越境レポート。
何を隠さなくても、
わたしは紛れもないブラコンで、
2人の弟たちを溺愛しています。

だって… かわいいんだもんラブラブ

2人とも、ユーモアがあって、優しい上に、イケメンです。

上の方は、中学の頃などは、クラスメートの保護者(面識なし)から自宅に電話がかかってきて、
「ジャニーズ事務所に応募させてもらいたいんですけどいいですか?」
と言われるようなタイプです。

下の方は、かなりのやんちゃ坊主ですが、生田斗真くんに似ています。
(という話を本人にしたら、「ファンに刺されかねないのでやめてくれ」と拒絶されましたが。)

まー、誤解を避けるために言っておくと、
外見という意味では、わたしと彼らはまったく似ていません。
血がつながっているのかを疑うくらい、似ていません。
幼い頃、わたしよりも数段上にカワイイ弟たちに、
焼きもちを焼いたことは素直に認めましょう。
はい。

そういう環境で育っているから、
イケメンに囲まれるのも、美女に囲まれるのも、
案外平気です。(?)

でも、性格という意味では、似てるかなぁ。
似てると思う。
あと、声も似ているらしい(男女違えども、トーンとか似てるんだろうなぁ)。

で、
これは前段です。

わが家(実家)に、
新しい家族が増えました。

ミニチュアシュナウザーの、一休さんです。

降って湧いた話のように、
文字通り、突然、転がり込んで来た、一休。

なんか不思議なもんで…

本当に、「家族を迎え入れる」気持ちなんだなって、
集合住宅暮らしで、家族で動物を飼ったことがなかったので、
生まれて初めての体験なのですが、
初めて、「ペット=家族」の気持ちが、真に理解できた気がする。
(一緒に暮らしてないくせに。)

ダディがスカイプをかけてきて(これ自体、滅多にあり得ないことですが…)、
「一休見せるから」
って、
ダディの膝の上に、一休。

ぺろぺろきゃんきゃん、
大層やんちゃ坊主のようで、
ニヒルなダディも、ついつい、笑い皺、な、憎いヤツ。

なんか本当に…
3番目の弟みたい。

こんな話を今からするのもシュールかもしれないけれど、
今後例えば10年とか、それ以上、チチとハハと生活をともにしてくれる一休なわけで、
「うちのチチとハハの子になれて、シアワセかい?」
と、本気で思ってしまったり、
つまり、すごく歳の離れた、養子の弟みたいな、
かなりリアルに、そんな気持ち。

不思議ですなー、ペットっていう存在は…

このところ、寝ても覚めても、一休のこと考えてる。
姉として、何がしてあげらるかなーって。
うーん、変わらず、ハグとチューでしょうか!!

一休もまた、イケメンでしょ。

一休含めて、わたしのブラコンは、醒めようがありませんな。

あー、早く会いたいよー!

テーマソングはやっぱり、
「好き好き好き好き好きっ好き アイシテル~♪ 
 好き好き好き好き好きっ好き 一休さん~♪」
だな。

こんな歌詞だったなんて、知らなかったよ、今日の今日まで。