男でも女でもいいっちゃあいいんですけど、
世の中が(ハリウッドが?)騒がしい3Dといふものを観てみむ、とて、
なぜかAvatarではなく(単にタイミングを逃した)、
Alice in Wonderlandを観て来ました。

本筋と違うのかもしれないけれど、
「偉大な人というのは狂っているものだ」
的なセリフが心に響いたわたしでした。

いや、
そういう女子の代表として、
いくつになってもワンダーランドの住人でありつつ、
かつ、
目前のこと、現実から逃れずに、闘って行くこと。
その、
苦しみ、悲しみ、
そしてきっと、
喜び。

狂気のすべてを失う必要はないという、
それは、
愛かなぁ。

ごくシンプルな真実のストーリーを、
30歳目前で依然ワンダーランドなわたしの心に届けてくれた、
3Dに感謝、でしょうか。

ディズニーのアニメも、原作も、仕掛け絵本も、
何やらアリスはいつも幼少期のわたしの側にありましたが、
今回は実写版なので、より人間臭い感じです。

3Dは…
眼鏡が…
眼鏡が…
うっとおしいと思うのはわたしだけではないはず…
泣ける映画だったら、うっとおしさ倍増でしょうよ、
どうやって涙拭くんだー。

でも、もちろん、
いろいろ飛び出して来るので面白かったのは面白かったです。
臨場感がああるというか、酔うというか(ネガティブ?)。

ヒューマンな部分の描写には浮いている感じがするので、
やっぱり、アドベンチャーやらアニメやら、利用範囲は限定されるかな、
という感想でありました。

Avatarはどうだったんでしょうねぇ?

飛び出ていても飛び出ていなくても、
人間っぽくても人間っぽくなくても、
Johnny Deppは素敵でした、変わらずにラブラブ!

つまり、そういうことですな。
いやだからつまり、
本質というものは、本質というものだということなんでしょうな。

というわけで、
完全に酔ってしまったので、
今日はとっととおネムしようと思います。
to Wonderland!!
7日、イラクで国民議会選挙が行われたとのこと。

そして、投票所を狙った選挙妨害の爆弾テロなどが相次ぎ、
ロイター通信によれば、少なくとも38人が死亡したとのこと。

それでも、人は選挙に行く。

自分たちの国の未来を、
自分の手で、形づくるために。

命がけの権利の行使であり、
命がけの責任の全うである。

投票率は、60%にはなるのではないかということらしい。

2009年夏の日本の衆議院総選挙は、
小選挙区も比例代表区も、投票率は約69%。

命がけじゃないこと考えると、
まだまだいけそうな気が、しません?

軍事がどうのこうのという平和ボケ、じゃなくて、
これこそがまさに、平和ボケなのでは、ないでしょうか。

愚痴で終わる、平和ボケ。
その愚痴のクオリティに満足してる、平和ボケ。

例えばtwitterが、それを助長しないことを、望む。

平和ボケ解消twitterの行方…
ぐるんぐるん?
Twitterのnews letter読んでいたら、
この1年で、アカウント数は1,500%成長、
組織規模は500%成長、
を遂げているそうです。

むー、
すごいな。

先日、生まれて初めて、
ustream上の議論(「朝までダダ漏れ討論会~どうこれからのジャーナリズム」)を
見ながら、
同時進行で繰り広げられるtwitterによる一般視聴者の「参加」を初体験し、
自分も、画面の中の河野太郎さんの発言やらに対して、
いろいろとtweetしてみたりしました。

テレビよりも臨場感があるし、
何より、討論者の顔ぶれが豪華&率直な話の場だったので、
内容が充実していて、
個人的に、とても楽しんだのですが…

参加してみて思ったのは、
1秒に1tweet以上かというくらいの頻度で、
コメントがアップデートされていくので、
果たしてこれが「参加」と言えるのか、というところに大きな疑問を感じたりもしたわけです。

つまり、「参加」というのは、
キャッチボールがあって、
議論になって、はじめて意味をもつことが大いにあると考えているので、
「あいつ意味わかんねぇ」とか
「それってこうなんじゃないの?」とか
「わたしこう思います」とかを、みんなが個々にtweetして、
そのコメントが、言ってしまえば、サイドバーに「垂れ流し」になっている状態は、
まさに、
単なるつぶやき…

テレビ見て、
「そんなことあるわけないじゃーん」
とかいって、突っ込んでいる状態と、
さして変わらないと思ったのでありました。

コメントが一度投稿されてから、30秒くらい?アップされるのに時間もかかるし、
その間に、議論が既に進んでしまうだけでなく、
何十人もの人のコメントが上書きされていって、
自分のコメントが画面上で確認できるのも、ほんの数秒。

だから、見ている側同士の交流(意見に対して、意見する)ことも、
殆ど不可能で、
完全に、一方通行のつぶやき、
あわよくば、
討論している人たちが拾ってくれることもありますが、
彼らも、次々にやってくるreplyに対応しながら、
放映される発言にも注意しながら、
議論しているわけですから、
なかなか難しいですよね。

new technologyの導入で、
いろいろと構図は変わるのだろうけれど、
「一般人が討論する場」とか、
「一般人の声がセレブリティ(代表者)の声にとって代わる場」というのは、
今のところないのかな、
構造的にはあまり大きく変わっていないのではないかと、感じます。

つぶやいただけ、
「覗き見しただけ」、
で、満足してちゃ、
ちょっと勿体ないですよね?