欧米で留学生活していると、
日本における普通の暮らしでは絶対に出会わない人たちに出会ったりする。
その代表格が世界中の「ヤンゴトナキ方々」である。
皮肉のように聞こえるかもしれない。
でも、実際のところ、「プチ・ヤンゴトナキ方々」は、そこかしこに出現するのである。
つまり、
中東や、東欧、東南アジアなどがメインになることが多いけれど、
その国々における、トップクラスのご家庭出身の子息たち。
「クラス(社会的階級)」が高い人たち。
お金持ちなだけでなく、社会的に特権があると思っている(そして実際そうなのでしょう)環境で
生まれ育っているために、時として、国外、つまりは留学先においても、
”自然と”ヤンゴトナキ振る舞いをする傾向がある。
自分でやらない(人にやらせる)とか、命令的とか(ここで待て、とか)、
のんびりしているとか。
先日、その話で、韓国や台湾から来たフラットメイツたちと盛り上がる。
友だち(クラスメイト)、のはずなのに、ごく自然に身分差を押し付けられるとか。
特に、グループワークなんかを課す授業では、なるべく一緒になりたくない、と、
滞在歴4年の女子は力を込めた。
そう、わたしが現在苦しめられているグループワークにも、
想像するに、某地中海圏国出身のプチ・ヤンゴトナキ女子がおり、
あまりの横柄ぶりと悠長ぶりに(つまり、働かない)、時としてあきれてしまうので、
わたしは彼女を「プリンセス」と名付け、
ショックを受けぬよう、「彼女はプリンセスだから仕方ないわ」と思うようにしているのである。
自己防衛本能ってやつです。
前職なんかでも、例えばインド出身とか、ヤンゴトナキ方々はいらっしゃいましたが、
やはり、仕事という環境、さらには、そういう会社に就職してくるという意味もあって、
そこまで顕著に、身分が主張されることはなかったけれど、
学生となると、自由ですからね、自由。
もちろんこれがステレオタイプ的な話であって、
全員がそう、と言っているわけではないのです。
個々人の性格の問題や、美意識の問題もおおいに関係あると思うので。
単に、そういう人たちに出会うことがある、という話。
自分が被害に遭わなければ、
カフェなんかで、たむろする「ヤンゴトナキ」集団の人間関係を観察をするのも、
なかなか、面白いんですけどね。
日本における普通の暮らしでは絶対に出会わない人たちに出会ったりする。
その代表格が世界中の「ヤンゴトナキ方々」である。
皮肉のように聞こえるかもしれない。
でも、実際のところ、「プチ・ヤンゴトナキ方々」は、そこかしこに出現するのである。
つまり、
中東や、東欧、東南アジアなどがメインになることが多いけれど、
その国々における、トップクラスのご家庭出身の子息たち。
「クラス(社会的階級)」が高い人たち。
お金持ちなだけでなく、社会的に特権があると思っている(そして実際そうなのでしょう)環境で
生まれ育っているために、時として、国外、つまりは留学先においても、
”自然と”ヤンゴトナキ振る舞いをする傾向がある。
自分でやらない(人にやらせる)とか、命令的とか(ここで待て、とか)、
のんびりしているとか。
先日、その話で、韓国や台湾から来たフラットメイツたちと盛り上がる。
友だち(クラスメイト)、のはずなのに、ごく自然に身分差を押し付けられるとか。
特に、グループワークなんかを課す授業では、なるべく一緒になりたくない、と、
滞在歴4年の女子は力を込めた。
そう、わたしが現在苦しめられているグループワークにも、
想像するに、某地中海圏国出身のプチ・ヤンゴトナキ女子がおり、
あまりの横柄ぶりと悠長ぶりに(つまり、働かない)、時としてあきれてしまうので、
わたしは彼女を「プリンセス」と名付け、
ショックを受けぬよう、「彼女はプリンセスだから仕方ないわ」と思うようにしているのである。
自己防衛本能ってやつです。
前職なんかでも、例えばインド出身とか、ヤンゴトナキ方々はいらっしゃいましたが、
やはり、仕事という環境、さらには、そういう会社に就職してくるという意味もあって、
そこまで顕著に、身分が主張されることはなかったけれど、
学生となると、自由ですからね、自由。
もちろんこれがステレオタイプ的な話であって、
全員がそう、と言っているわけではないのです。
個々人の性格の問題や、美意識の問題もおおいに関係あると思うので。
単に、そういう人たちに出会うことがある、という話。
自分が被害に遭わなければ、
カフェなんかで、たむろする「ヤンゴトナキ」集団の人間関係を観察をするのも、
なかなか、面白いんですけどね。



