図書館のレセプションの人の中で、
受付終了やら閉館のアナウンスをするときに、
例えば、
閉館なら、


「This building is closing にゃーーーう」


と、発音する人がいる。


この、「にゃーーーーーう(now)」が、
非常に苦手である。


耳障り…
と言ってしまうのは、
大変申し訳ないのだけれど、
何だか、逆毛が立つような感覚…ガーン


なんか…
ねっとり…


なので、
この人(男性)がアナウンス当番をしている土日(動向を掴んだ!)および、
それ以外の日でも、万が一に備えて、
閉館15~20分前には、自主的に退散するようにしている。


身を守るとは、まさにこのことグッド!

きっと、
他の誰にも、さほどの迷惑かけてないんだろうと思うけど…


個体差ですね、感覚の?
$Rollingcatの越境レポート。
青森出身の母がよく作ってくれた、ホタテ貝の煮物が食べたいよ~
と、スーパーのお魚売り場の前に立ち尽くしてみたが、
ホタテ貝、見当たらず…

仕方がないので、代わりに、ムール貝で、煮物を。

っていうか、貝は、これしか売っていなかった…
その上、安い。

白ワイン蒸しじゃなくって、
かつおダシのムール貝。割り箸
所変われば、品変わる。

しかし、貝の味である。


ロンドンの下町に住むこと、早1年になろうとしていますが、
最初の頃、不可解だったあんなことやこんなことが、
不可解じゃなくなってきたので、備忘録的にまとめてみる。

旅行で下町を歩きたい人(いるのか…)の参考にも、
或いは、
移民の方々が多いような地域に留学予定の人の参考にも、
多少はなるのかもしれない。


・人が突然叫ぶ

   叫ぶんですよねー。
   後ろから突然。
   体の大きな黒人のおにいさんとかおじさんが叫ぶもんだから、
   最初の頃は、突然話しかけられたのかと、びっくりしていた。
   しかも、発音がよく分からなかったり、
   案外英語じゃないこともあるので、
   一瞬何を言われたのかと、混乱することもある。
   のだけれど、
   そんなときは大抵、
   わたしの背後の彼から、わたしの頭を越えて、
   視線の5メートル~10メートル先に、
   知人がいる。
   その知人に向かって、叫んでいる。
   本当に、街の中心で、叫んでいる。
   愛を、かどうかは知らないけれど…


・人が突然絡み出す

   歩いていると、突然、2~3人のガタイのいい男性陣が、
   わたしの目の前を歩いている1人の男性に近寄り、
   取り囲む、
   という現場に出くわす。

   最初の頃は、
   因縁つけられてるとか、絡まれているとか、
   はたまた何かの売買かと、一瞬どきっとしていた。
   のだけれど、
   そんなときは大抵、
   知り合い同士である。
   単に、話しかけているのである。
   「よーよー、何してんだYO」ってな具合に。

   …しかし、
   深夜のバス停付近では、これに限らない…ガーン


・走り去る車が突然、クラクションを鳴らす。

   これも、かなりびっくりする。
   昔、アメリカで、車の窓から
   差別用語満載の手紙を投げつけられたことがあるアジア人女子としては、
   もはやトラウマ的にびっくりする。
   のだけれど、
   そんなときは大抵、コース上のどこかに、
   知り合いが歩いている。
   クラクションを鳴らした車が通り過ぎたときに、
   手を挙げて応えている人が、
   それである。


・バスの隣の席や、トイレの隣の個室の人や、スーパーで前後に並んだ人が、歌う。

   これは、上手い場合が多いので、感心する。
   さすが、ブラックミュージック!!!
   聞き惚れてまうやろー音譜
   聞き流すだけでよし。


・隣に立っている人や、前後にいる人が、突然、話し出す。

   これも、最初は自分に話しかけられているのかとドキッとする。
   しかし、そんなときは大抵、
   イヤホンマイクで携帯電話をかけている。
   
   これは、下町に限らず、ロンドン全域で見られる光景ですね。
   最初、話しかけられている、以外には、
   独り言の多い怪しい人かとか、と思ったりするけれど、
   イヤホンマイクはかなり一般的な手段のようです。

   別に、ビジネスパーソンとか、そういうのに限らず。

   まー、某外資メーカーさんに転職したときも、
   ヘッドセットで内線電話を使うという習慣に驚いたもんだけれど、
   慣れると、両手でいろんなことできるから、ラクチンでしたな。


・パトカーおよび救急車が、20分~30分に1回はサイレン鳴らしまくって走り抜ける。

   何かが起こっている…
   しかし、
   何かが起こっているときに、
   駆けつけてくれるのだと思い直して、やり過ごす。
   日常になると、慣れて来る。
   Policeがよく、巡回しているのも目につく。
   何かが起こったときに、
   助けてくれるのだと思い直して、やり過ごす。

   道路際のカフェには座らない方がいいけれど…(うるさいから…)


道を歩いていて、気づいたこと編でした。
これを押さえていれば、
びくびくせずに、下町を歩くことが、できる…はず。
特に、
コミュニティが狭いこともあるのでしょう、
すれ違う人たちが知り合い同士みたいなことが頻繁に起こるので、
こういう大っぴらなコミュニケーションが起こりやすいのだと。

東京に長いこと暮らしていると、街で知人に会うなんて、
これは運命ですか!?
くらいの出来事だから(たまに見てはならぬものを見てしまったりもしますが…ガーン
そういうのって、すごいなーって思う。

だから、ロンドンの下町がどうこうっていうよりも、
東京と違う、ってことなのかもしれないけれども…?
いや、だいぶ違うかな…


突然、前を歩いていた人と、向こうから来る人が、
立ち止まって、握手して、話したりとか。


みんな、生きてるなー、暮らしてるなー、と
思いながら、
そんな空気に紛れて、
元気に暮らしているわたしでありますかお



修士論文のケーススタディで、広島を取り上げることにして以来、
中国新聞さんがつくっている、
Hiroshima Peace Media Center(ヒロシマ平和メディアセンター)
にお世話になることが多いのですが、
(「平和」に関するニュース…全国紙などでは、あまり取り上げられない…にフォーカスしている上、
 英語版もあるので、引用などの際に拙い語学力で英訳しなくてよいので、便利!!)
中国新聞さんはその他に、
ひろしま国
という、10代の子どもたちが「平和」をテーマに記事をつくっている、
素敵な媒体を持っています。

「平和」とくくっているのは、原爆の問題だけでなく、
貧困や環境問題、差別やいじめの問題など、
大きくは戦争の火種になったり、
或いは、人が人として生きることを阻害するようなことについて、
連関的に、扱っているから。


地域が引き継いできた、原爆への関心を中心に掲げながらも、
今の世界、今の子どもが感じ、考える「平和」の問題を、
分かりやすく(多くの人のきっかけにしやすいように)取り上げているところが、
このメディアのいいところだと思います。


希有だと思います。

自分に子どもがいたら、ジュニアレポーターやらせたい…得意げ
(いつになるかもわからない上に、広島在住でもない…)


で、
たまに覗いているのですが、
この間、ちらりと回遊していたら、
大学の同級生が登場しているのを、発見!!!!!!


国本くんかお


フィールドワークの人。
情熱の人。


学部時代から、被爆者関連の研究をしている先生について、
長崎に研究に出かけていたと聞きます。


わたしは、彼の作品は、
国立の駅舎問題
(われらの母校最寄りである、JR国立駅の駅舎<三角屋根の木造建築>が、
駅の高架化により取り壊されることに反対する市民運動)
を扱ったものしか見たことがないのですが、
この、「世界中の若い被爆者」を取り上げたドキュメンタリーも、
ぜひ、観てみたいです。


「繋ぐ」要素が、感じられるのじゃないかと思う。


世界
若者
被爆者


hibakushaというワードを、
英語の論文でもこのまま使う学者さんがいるように、
独自であること(unique)と
共にあること(relevanc)を
同時に実現することが、
普遍的な考え方、普遍的な選択を生み出すことになるのではないかと、
考えています。


ちらり。

洞察は続くよどこまでも~。