何気なーくテレビ見てて、AUBEのCMに何だか響いてしまって。

江角さんの一言
「止まってちゃダメね、わたしこんなにキレイになれる。」
http://www.youtube.com/watch?v=XwPYFjb0pYw&feature=share


前半部分ですね。
(美容に関してのみじゃない、という意味で。)


一方で、のだめ的に言えば、
「イツマデヤレバイイデスカ?」


これもまた、真。


自分の中で、終わった、ここまで、と思って
しばらくはそれで落ち着いていても
また不安が押し寄せて来る。


それで苛立って不機嫌になったり不安定になったり


さほどの努力をしているのかしていないのか
測るものは何も無くって 
誰かに認めてもらいたいような 誰かって、誰?
自分が認めていればいいのか いやそれが一番難しいような


どこまでが理想でどこまでが現実なのか


タイムリミットは、いつ、どこ?


なんてことが
グールグル。


…とりあえず…


今日の心理としては
「止まってちゃダメね」ってことで
江角さんの満面の笑みにやられて、
気になっていた宿題を、ひとつ、大人しく片付けました。。。

暑いですねぇ…あせる

夕刻近づき、そろそろそぞろお出かけ。
先週くらいからずっと考えていることがあるのです。

毛の問題の境界線について。

より具体的には、
「つけま」と「ヅラ」の境界線について。


「つけま」は許されるのに
「ヅラ」が許されにくい(許されない、というわけではない)のは
一体どうしてなのか?


薄さや疎らさを補完し、美しさを追求する、
という意味では、
両者ともに同様の目的のために存在するはず。


しかし、
「つけま」は「つけましてます!」ということをカミングアウトしても
別になんてことはなく、むしろ、
「おしゃれなコは、みんな”つけま”してるっしょ」
的な風潮があり
How to つけま?
は、雑誌の美容ページでも、日常茶飯事である。

一方、
「ヅラ」はさほどの市民権を得ているとは到底思えない。


(そもそも、「つけまつげ」を「つけま」と略すポップさに対し
「かつら」を「ヅラ」と略す蔑称感も否めない。)


「つけま」を着ける行為だって
よっぽど人工的な行為だと思う。

今時の「ヅラ」だって、きっと想像を超えてハイテクなのに違いない。

「風が吹いたら飛ぶ」的な問題、
つまり、
ナチュラルに見える見えないの問題ではない。


何が「工夫」や「努力」といったポジティブな変換を生み、
何が「隠蔽」や「悪あがき」といったネガティブな変換を生むのでしょうか。


一般的な「老い」に対する軽蔑心?
ダンディズム?ジェンダーの問題?
(これも、女性の「ウィッグ」の問題にあっても、「つけま」とは格差があるとすれば、
やはり前者が問題なのか?)

「かわいければいいんです」…と川平慈英風に言ってみたところで
「ヅラ」だって、素敵に見えたりすれば、それはそれでいいんじゃないか。。。

アイコンが
若益つばさちゃんだからいいのか
綾小路きみまろだとだめなのか

いやだからそもそも
ヅラの人のアイコンって、そうそう世の中はっきりしていない。
目立って言うもんでないっていうことになっている。


0からの足し算はよくって
マイナスからの足し算はよくないってことなのか



複雑な状況が起こっているよ、世の中?


アデランスの人とか、こういうの調査してるんだろうなーーーー
毛の問題がポジティブなときとネガティブなときの受け止め方ってなんなのか
すごく気になる、気になる気になる。

何で気になるのかわからないけど気になる。
ファッションに関して
挑戦を恐れているわけではない。



しかし



気に入った洋服(そのもの) とか 気に入ったテイスト(それっぽい) とか
あって
何だかそのバリエーションは自然と固定化されてきたような気もする。


そうそう それっぽいという
その
自分が決めたんだか
他人が決めたんだか
いやその両方がぼんやり感じている、っぽさ、的なもの。


まぁ難しいことはなしにしても
気に入っているのだから仕方が無い。


けれど


気に入っているものたちは
うっかり気を抜くと
すっかり古くなって
擦り切れそうだったり シミがついていたり 色あせていたり

やばい、これ、大好きなのに着れなくなっちゃうじゃんよ!

と思っても

ナントカの一つ覚えみたいに
やっぱり次の週末にはそれを引っ張り出し
やっぱり次のアポにもそれを引っぱり出し

いつぞダメになってしまうのではないかと心配しながら
恐る恐る
手放す日を考えてみたりする。


でも案外…

案外、なのは

似たようなものを探すというのもこれまた
意外と楽しかったりもして
そして
似たようなものが見つかったりもする


似たような
いや
もうちょっぴり もしかして そう思いたくないけど 
案外、今のヤツよりも素敵っぽいのが。





買い替える(買い足す)。


数年前に着ていたシャツに
ちょっと似ている数年前のシャツに
ちょっと似ている去年のシャツに
ちょっと似ている今年のシャツ。


といった具合に。


急に、
「旧」がちょっとコダサく見えたり、
コ汚く見えたり(そりゃあそうだ、着倒したんだから)


でも
さよならするときは
ちょっと切ない気持ちになって
ありがとうって言って
ポイします。


固執せず
恐れず手放せば
道は開ける。



…飛躍し過ぎか。



そんな人生の教訓めいたことはさておき


変わっているようで変わっていなくて
でも
変わっているのが
きっと今年のわたしなのです。



というわけで
セールの始まった東京にて
いつぞやのシャツに似たシャツを1着買い
それを見つけた!ことにひとりご満悦で
変わっているようで変わっていない
でも変わっている今年のわたしの夏を迎えようとしています。


あとついでに
今まで持っていなかった色柄のシャツも
手に入れたから
やっぱりこれは
進化系なんだよね?