朝ゆっくりめに起きて、

「もう、今日はのんびりする」

と宣言したら、

「のんびりって何するの?」

と聞かれたので、

「うんと… 部屋の掃除と洗濯物」

「それって、のんびりなの?」


それって、多分、のんびりなの。

家のことをするのは、のんびりなのね、わたしには。

本当は衣替えもしたいし
掃除も拭き掃除まで念入りにしたいし
窓枠の埃までなんとかしたいけど
それをするのにはちょっと時間切れ


でも 部屋の掃除と洗濯物は ある種仕事でもあって
わたしにとってのリラックスが 誰かにとってはきっとストレス


昨日会社の先輩が 1日有休取ってたのに 
たまたま最寄りに来ちゃうことになったからと
ふらりとオフィスに来て、
午後、仕事をして行った。


まったくもって信じられない! と思ったけど
(折角の休みに、会社に近寄るなんて!
 あとは、単純に、
 休みの日のふらり外出帰りなのに、会社に来られるちゃんとした格好してるなんて!)
きっと
わたしにとってのストレスが 彼女にとってはリラックス
とか、そういうことなんでしょう。


誰にとってどう思われることでもいいから
わたしにとって楽しいこと わたしにとって気持ちいいこと
わたしにとってハッピーなことを
見つけて、信じて、生きたい

純粋な欲望。
感性が死亡していたので ブログも書けず
いろいろ思い悩む中でも
以外とその事実が
文章を書く気にならないというか 言葉が出て来ない
何も感じない
そんな状態を何となく いや、かなり思い悩んでいたのですが


わたしの有り余る感性が一度死んだのは
とても、よいことですね、
とある人に言われて


どういうことかと


溢れ出る感性を持っている人は
感性が溢れ出ない状態を理解することができないから


毎日を生き抜くのに精一杯で
想像力とか愛情とか情熱とか
そういったものをいつか忘れてしまった
そんなカラカラした気持ちを
思い遣ることができないから


一度死んだ経験は きっといい経験だっていう
そういうことで

痛みの分かる人間ってやつ
かしら。

大げさな話。

何となく そういうことの意味も分かって来たような

心がカラカラになる
ひりひりする痛み


その体験


そういうことの意味に ポジティブになれるような感じは、
心の死の淵からの 復活の兆しか。
8月から心を入れ替える!

と宣言して、

8月も早2週目(3週目??)。

ブログの更新が止まっている=心が不安定な状況になっている

というバロメーターなので、
書き出そうと思うからには、
ポジティブな吐露をしていけるように、
ちょっとずつ、事態が動いているということで…


心を入れ替えて
ブログの方向性として、ひとつ、
「シナプス」
をテーマに、これから書いて行こうと思います。


というわけで、

今日はとりあえず宣言だけして、
寝ます。


おやすみなさい。

お盆だけど
明日もお仕事です。