ヨガをやっていると、呼吸というのはとても大切で、
いちにのさんで動きに入る前、
必ず、
「息を吐いて」
から始まるのです。
それは、吐いたら、吸う、という仕組みが、体に備わっているからです。
深い呼吸を始めるのには、
まずは、
肺の中を空っぽにして、そうして、深く息を吸い込んで、
吐いて、吸って、吐いて。
今、糸井重里さんの『ボールのようなことば。』を
ぱらぱらと読んでいるのですが
これに似たような文章が出てきました。
自分が何者であるか(何が出来る者であるか)について のような文脈だと
思うのだけど
”表現をするんだ。”
というような助言。
”そしたら、いったん空になる。空になったら死んじゃうから、呼吸するだろう?”
わたしはときどき
呼吸を忘れて
苦しくなってしまうのですが
それって
何かを抱えてもやもやしている
硬直した肉体の外側と内側が
うまく循環していないようなときに起こるのです
会社にいるときや
街を歩いているとき
お家にいるときでも
自分を見失っているときというのは
きまって呼吸が浅くて
胸の上の方 あるいはのど元だけで呼吸をしているような
多分、過呼吸という症状がありますが
これのプチのプチのプチというか
そういう状況なのでしょう
胸が苦しくなって
具合が悪くなるってことが時々あるのだけれど
そういうときは
表現を仕切れていないとか
吐き出しきれていないとか
そういうもやもやが
脳みそから心をいっぱいにしてしまって
段々、深い息を吸うことができなくなって
結果、呼吸の循環が回らない
つまり…
そういうときにも
めげずに表現し続ければ
いいんだろうか
ひるまずに吐き出せばいいんだろうか
自分に向き合って
相手に向き合って
もやもやが何かを吐き出し続ければいいんだろうか
息、に代わるものが
脳みそや心には
いっぱいあるんだろう
物理的に言う
吐き出すが
精神的には
表現し続けるとか
勝負し続けるとか
対峙し続けるとか
そういうことなのかな
吐き出すことができないと 吸うことができなくて
呼吸が出来なくて
苦しくなってしまうっていう
とてもとても基本的なことを
思い出して
積み上げて
楽になりたい。
自然と、呼吸をするということは、
案外、難しいことなのです。
いちにのさんで動きに入る前、
必ず、
「息を吐いて」
から始まるのです。
それは、吐いたら、吸う、という仕組みが、体に備わっているからです。
深い呼吸を始めるのには、
まずは、
肺の中を空っぽにして、そうして、深く息を吸い込んで、
吐いて、吸って、吐いて。
今、糸井重里さんの『ボールのようなことば。』を
ぱらぱらと読んでいるのですが
これに似たような文章が出てきました。
自分が何者であるか(何が出来る者であるか)について のような文脈だと
思うのだけど
”表現をするんだ。”
というような助言。
”そしたら、いったん空になる。空になったら死んじゃうから、呼吸するだろう?”
わたしはときどき
呼吸を忘れて
苦しくなってしまうのですが
それって
何かを抱えてもやもやしている
硬直した肉体の外側と内側が
うまく循環していないようなときに起こるのです
会社にいるときや
街を歩いているとき
お家にいるときでも
自分を見失っているときというのは
きまって呼吸が浅くて
胸の上の方 あるいはのど元だけで呼吸をしているような
多分、過呼吸という症状がありますが
これのプチのプチのプチというか
そういう状況なのでしょう
胸が苦しくなって
具合が悪くなるってことが時々あるのだけれど
そういうときは
表現を仕切れていないとか
吐き出しきれていないとか
そういうもやもやが
脳みそから心をいっぱいにしてしまって
段々、深い息を吸うことができなくなって
結果、呼吸の循環が回らない
つまり…
そういうときにも
めげずに表現し続ければ
いいんだろうか
ひるまずに吐き出せばいいんだろうか
自分に向き合って
相手に向き合って
もやもやが何かを吐き出し続ければいいんだろうか
息、に代わるものが
脳みそや心には
いっぱいあるんだろう
物理的に言う
吐き出すが
精神的には
表現し続けるとか
勝負し続けるとか
対峙し続けるとか
そういうことなのかな
吐き出すことができないと 吸うことができなくて
呼吸が出来なくて
苦しくなってしまうっていう
とてもとても基本的なことを
思い出して
積み上げて
楽になりたい。
自然と、呼吸をするということは、
案外、難しいことなのです。