ラブシャッフルが、面白いです。
(ウェブサイトも面白いです。)

金曜夜ですが、飲みにも行かず、観てます。

やっぱり、ドラマは「あり得ない設定」でないと、それこそ「夢がない」と思いません?
ある意味、バブル時代=我々が小学生時代の、あの、輝かしいドラマの世界。

つまり、「大人」の自由。

憧れのアパートメントとか、自由気ままな仕事とか、ありえない美男美女の設定、とか。
(わたしは玉木くんファンなので、一途に?「うさタン」派ですが、会社でヒアリングする限り、
松田翔太さんの「旺次郎」が人気のようです。)

で、そんな、
「あり得ない設定」なんだけど、
「あり得る心理状態」が象徴的に、話の核をなしている点が、
憎く、
心がぎゅっと、切なくなるですよ。

愛なのか、執着なのか。
相手のためなのか、自分のためなのか。

女なのか、男なのか。

人間なのか。

何となく思うことは、
結局は、
わたしたちはエゴのために生きてて、
そのエゴが、フィットするときにだけ、
まるで、心地よい関係のように、
まるで、カップルだったり夫婦だったり親友だったりであるように、
思えたり、するのではないかと。

きっと人生は、
エゴの相性を、探しているのでは、ないんでしょうか!

エゴの相性を探して、シャッフルしちゃうことも、あるんじゃないでしょうか・・・。


転がすのと、転がされるのとでは、
どちらが、素敵かしら。

まぁ、これもすべて、TPOな感じもしますけれども、
先日、上司と飲んでいたときに、
そんな話になって、
これまでの諸観察の結果についてまとめたところ、
わたし的には、
例えば、いい男ほど、転がされているように見えることが多い。

いい男ほど、転がされることもよしとして、
(×「オレについてこい!」)
転がされてみたり。転がしてみたり。

逆にいえば、
いい男ほど、転がしてくれる女を求めており、
転がせるほどのいい女でないと、いい男の相手はできない。

例えば、
キムタクさんは、きっとかなり転がされているに違いないと思う。
・・・完全なる妄想ですけど・・・。

それは、
男とか女とかいう性別を超えて、
人間として、どちらがより、その場において「怖い」かということにも近い。

「怖い」というのは、決して恐妻家とか、性格が悪いとか、荒っぽいとかいうのではなく、
なんというか、動物的な畏怖に近いような。

尊敬ともいうような。

(最近、工藤静香さんの過去VTRに密かにハマっているわたし・・・カッコいい)


動物として、
そのとき、そのとき、ごとに、
「怖い」方に従うというのは、
常であるかと、存じ上げます。

そこから、何かを学んでいくわけで。

ところかわって、上沼恵美子さんが、以前テレビ番組で、
「うちの嫁はトドやで~!」
と、外で妻をののしる夫について、

「嫁をトドにしているのは自分の責任であり、
自分の器であり、
ひいては自分がトドに値する夫なのであると公言しているようなもの!」

という趣旨の発言をしていたが、
ネガティブには、こういうことであり、
ポジティブには、ああいうことである。

例えば男女について考えてみましたが、
これは男女以外の人間関係にもあてはまることかなと。

頑なに、
転がす、
転がされる、
立場をとるのではなく。

それが、男女の違いとして、年齢の違いとして、
人種とか、育ちの違いとか、
そういう違いがあったとしても、
誰かと向き合って行くときに、
どういう関係を築くかということ。

転がし転がされ、
石は磨かれていくのであって、
どちらか一方が引っ張ったところで、
上手い具合には、光らないわけで。

転がし上手
転がされ上手
になるときに、
自分を高めて、
相手を高めて、
いけるのではないかと、思うわけであります。

Rollingcatのブログ-画像-0577.jpg
この時期、
いろいろなチョコやお菓子が売られているのが、
魅力的ですね。

ついでに一個、購入して、
高価な毒味とか。

或いは、
単なる買い食いとか。

今週は休日もあるし、
週末もすぐだし、
洋菓子強化週間に、
決めました!!

昨日のチーズケーキと、
今日のホワイトチョコサンドと…

こうやって、
プチ散財と共に、
ストレスは昇華されていく。

…頬のあたりの、肉に。