LiveとCD、を対にさせようとして、はたと、
今時、音源ってCDに限らない場合が多いかもしれないと、気づく。
余談ではありますが。
今日は、ヴァイオリニスト木嶋真優さん(神戸出身ということで、西宮での公演は、まさに「凱旋」。アンコールの拍手が鳴り止まない状態でしたよ)の出演するコンサートに出かけて来たのですが、
Liveと音源と、
その明らかな違いを、
当然ではあるのですが、改めて感じる時間でした。
躍動、
というのかな。
まさに、
跳んだり跳ねたり(同じ漢字だ!)、
それが、
「音」
だけなんじゃなくて、
「体」
がそうであるということ。
特に、ヴァイオリンのような楽器は、
演奏者と近くにあって、
かつ演奏者に物理的な自由がより残されているから、
感情が、動きに表現されやすいのだと思います。
(アンジェラ・アキさんのピアノ演奏は例外として…)
激しいソロの部分で、
楽器の音はもとより、
彼女のヒールの音が、その、柔らかそうなステージ上を、
浮いたり、落ちたり、
しているのが聞こえて、
長い演奏会の中で、
この部分が、すごく印象的で。
こういう音っていうのは、
録音には入って来ない音であって、
なんか、野蛮なというか、粗野なというか、原点というか、
でも、音楽って、そういうものじゃないですか?
それが、クラシックであろうが、ポップとか、ロックとかであったとしても。
なんか、いいな、と思いましたです。
エネルギーが欲しいときには、
家でのiTunesコンサートもいいけど、
Liveも、なかなかいいもんです。
ちなみに曲目は、ショスタコーヴィチの、
ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調作品77でありました。
今時、音源ってCDに限らない場合が多いかもしれないと、気づく。
余談ではありますが。
今日は、ヴァイオリニスト木嶋真優さん(神戸出身ということで、西宮での公演は、まさに「凱旋」。アンコールの拍手が鳴り止まない状態でしたよ)の出演するコンサートに出かけて来たのですが、
Liveと音源と、
その明らかな違いを、
当然ではあるのですが、改めて感じる時間でした。
躍動、
というのかな。
まさに、
跳んだり跳ねたり(同じ漢字だ!)、
それが、
「音」
だけなんじゃなくて、
「体」
がそうであるということ。
特に、ヴァイオリンのような楽器は、
演奏者と近くにあって、
かつ演奏者に物理的な自由がより残されているから、
感情が、動きに表現されやすいのだと思います。
(アンジェラ・アキさんのピアノ演奏は例外として…)
激しいソロの部分で、
楽器の音はもとより、
彼女のヒールの音が、その、柔らかそうなステージ上を、
浮いたり、落ちたり、
しているのが聞こえて、
長い演奏会の中で、
この部分が、すごく印象的で。
こういう音っていうのは、
録音には入って来ない音であって、
なんか、野蛮なというか、粗野なというか、原点というか、
でも、音楽って、そういうものじゃないですか?
それが、クラシックであろうが、ポップとか、ロックとかであったとしても。
なんか、いいな、と思いましたです。
エネルギーが欲しいときには、
家でのiTunesコンサートもいいけど、
Liveも、なかなかいいもんです。
ちなみに曲目は、ショスタコーヴィチの、
ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調作品77でありました。