世の中には、
上には上がいるので、
それゆえ、相対的な評価といっても、底なし。
だから、自分を信じることが大切なんですね。

…なんていう、話というわけではなく。

カレーを作っていて、ジャワカレー=ハウス食品をみたら、
今しがた連想するのは、「嵐のプレミアムナイト in 東京ディズニーシー」しかないでしょう。

TVCMもいっぱいやっています。

わたしが何より驚いているのは、そのキャンペーン効果です。

ちょっとネットをぷらぷらするだけで、女性たち(多くは主婦と思われ)が、
「ハウス食品リスト」的なブログをあちこちで展開。

チケットはすべて、ハウス食品のバーコードを集めて送る抽選方式でしか入手できないため、
「ハウス食品」を意識し、調べ、買いに走る姿が、容易に想像される内容です。

「これもハウス食品だったんですねー」とか
「今日は、初めてスープdeおこげの◯◯味を食べてみました!おいしかった!おすすめです。」
「このごろは、ハウスのカレールーしか買いません!」みたいな。

ここまでの人気グループを採用すると、
キャンペーンがキャンペーンとして機能し、商品の認知度をあげるのみならず、
購買まで促しちゃうんですねぇ…

自動的な口コミ機能もばっちり。
特にwebで何かをしかけるまでもなく。

中途半端なタレントさんやセレブリティでは、ここまでは盛り上がらないのではないかと思います。

嵐×ディズニーというのが、夢すぎてツボなのでしょう。

yahoo!やamazonでは、バーコードの転売まで行われているようで…
(そして応募ハガキすら、店頭で入手困難となっているため、セットで売られたりしている模様。)

すごい、としか言いようがないです。

かくいうわたしは、その時期は日本に居ないので、参戦出来ずじまいですけれども。

スーパーの帰り道、
書店の外に大きく貼られた(恐らく本日発売の)嵐表紙のTVガイドの店頭ポスタ-に、
手書きの「予約済み」メモが…
非売品だもの、店主さんに直談判したのでしょう。

そして、
そういう人が多いから、こういうメモが貼ってあるのでしょう。

上には上がいますねぇ。

わたしなんて、まだまだです…

「ファン」って、スゴい。

「ファン」の力は、太陽エネルギーほどに、
今後の方々への転用を期待できるものであります。

勉強させていただきます!



昨日、福山雅治さんが、自身が長崎の被爆2世であることをラジオで告白した、との報道がありました。

今日、ふらりと立ち寄った飯田橋の小さな駅ビルで、原爆写真展をやっていました。

思い出して、広島市の平和宣言を、ポッドキャストで、聴きました

耳にする、目にする。

今年の夏は、この3つで、原爆投下から64年を、感じます。

最後に、秋葉市長が、Yes, we can. と言った。
「英語で世界に呼びかけます。」
と、前置きをして。

学士の卒業論文で、わたしは広島平和宣言が、世界に届かないことの「なぜ」を、
稚拙ながらもまとめたのだった。

今年の、この言葉が、米国に、核保有国に、届いていることを、
今はただ祈るのみで、明日は、力になれる日を目指して。

世界がともに歩んで来た歴史の、原爆という事実を、命と権利の普遍を共有すること、
共有したうえでの「We」を信じたいと、思っています。


人生を重ねるということは、
歴史を目撃するということで、
30年と90年でいえば、
後者の方が、重たい。

亀の甲より、年の功、なんてわざわざ言わなくっても、
社歴だ経験値だ実力だ、なんて言わなくっても、
過ごして来た時間に意味があることをもっと尊重するならば、
例えば、年上にも、年下にも、
接し方は、ある種の法則をもつようになる。

普段、忘れがちな、圧倒的な、感覚。

昨日、
わたしが最も尊敬する女性の一人に、お会いしてきました。

わたしの3倍も、生きていて、
わたしの何百倍も何千倍も、
チャーミングで美しく、賢く、優雅で、素敵な方。

その人生の重みの中で、
わたしが学部生時代に留学するチャンスを与えてくださったことなんて、
小さなことなのかもしれないけれど、
こうやって影響されているわたしが、
彼女の時間を、さらに受け継いでいくことができるのだとすれば、
人と関わって生きていくということは、
つまりこういうことなんだと、
素晴らしく思えるのです。

久しぶりにお会いして、
すっかり元気になられていて、
わたしは圧倒されて、
しばらく、
時代を、世の中を、ひとり浮遊してからしか、
部屋に帰る気には、なれなかった。

本を買った。

考えた。

過ごした時間の分だけ、
わたしには責任があるのだ。