現在、日曜日23時です。

ここ4日間、毎日部屋で中間レポート書いていたら、
椅子がおしりの形に凹んだ気がする。

気持ちも凹むぜ。

いや、そんなことはない。
だって雫ちゃんだから。

さて、問題は、日本の名前以外の名前の人の性別を、
どのように判断するのかということです。

会ったこともないその人たちにメールを送らなくてはならないとき…
MrなのかMsなのか、時に困ることがありませんか。

いきなりファーストネームで「Hi, XXX」から始められるような、
前職場的な環境なら問題ないですが
(後日、電話会議やらで人知れず誤解が発覚することもあったりなかったりですが)、
通常そういうわけにはいきません。

しかも、小心者のわたしは、
女性に違いない、とか思っても、
やっぱり、念には念を、と思い直して、チェックしちゃいます。

大抵は、
ある名前をgoogleの検索バーに入れると、
その名前で有名な人とかの画像がぱぱぱぱーっと出て来るので、
おお、女である、とか、
おお、男である、とか、
わかるんですが、
たまに、
そういうのヒットしない名前の人がいると、
検索のスパイラルに吸い込まれて、
どこへ行ってしまうのやら…

時間を浪費することも少なくありません!

今日も、とある名前の人にメールを送るのに悩んでいたら、
「イギリス人の名前」
という、
なんともピンポイントなサイトを発見して、
小躍り得意げ

とある名前も、ちゃんと載っていました。
「イギリス人の人名」

なぜかsurnameの語源?まで載っていて、
別の意味でスパイラルというか時間の浪費というか、
雑学って面白いですよね。

というわけで
今日の目的は、とある名前の人にメールを出して達成されましたので、
営業終了したいと思います。

おやすみなさいぐぅぐぅ
いわずもがな、
役に立つんですよ、Wikipedia…。

気になるあの人のプロフィールを調べるのにも、もちろん役には立ちますが、
本を読むのにも、レポートを書くのにも、役に立つのです。

過去の時事についての、事実も、風俗も、
理論、学派などの整理も、
世界の情報も日本の情報も、
検索バーがあれば、知ることができるのです。

で、
問題は、
この情報が、
学術的に「使える情報」なのか、ということ。

今、
short paper(評価対象にはならないのだけれど、期末のessayの練習として、
各コースから出されている中間レポートのようなもの)
に必死に取り組んでいるのだけれども、
引用としてのwikiの正当性(正統性、かな)って、
一体どうなっているのかしら、と気になっています。

つまり、web上の百科辞典であるwikiは、
人々の知識の集積であって、
専門家が編纂したものではないということは、
事実でないことも、或いは、編者の私見によって、
積み重ねられた情報である可能性が、ある、ということですもんね。

一方で、すべての参考文献を既に網羅したような、
すごいページもあったり、
或いは、wikiでしか、まとまった過去の情報を入手できない場合も、
あったりして。

ふむふむと読み流す分には問題ないとして、
学術論文に掲載しうるものなのか?

Paperの格にも依るのだろうか?

4年くらい前に、大学のゼミ同窓会に出たときに、
「最近は、レポートの参考文献の欄に、wikipediaが頻出するようになって…」
なんてことを、先生が言っていたのを思い出した。

そのときには、やはり、
情報の出所という意味で、ネガティブな論調になっていたはずだけれど、
あれから随分と時は経ち、
サイト自身の内容はもちろん進化してきだろうし、
市民権も得ているような気がする。

市民権を得ても、それは正統性とはまったく関係ないのも事実であったり。

時代は変わったなぁ、
なんて聞き流していた話題も、
今日は我が身です。

不思議なもんです。

すごくすごーく気になるので、
来週、writingの先生に聞いてみようと思います。

恋した聖司くんが、
「普通に」高校には行かず、
ヴァイオリン職人になるという、
みんなとちがった、自分だけの夢をかなえるために、
着実に歩んでいる姿が眩しくって、
雫ちゃんは、
小説を書き始めます。

受験生にとって、一大勝負の夏休みだというのに、
勉強せずに、小説を書くことに集中して。

そして、やり遂げた後に、気づくんです。

小説を書くのには、
自分はまだまだ分からないことがいっぱいで、
勉強しなきゃいけなくって、
だから、
やっぱり高校に行かなくちゃって。

新卒時代に、
「やりたいこと」と「今できること」と「足りないもの」
っていうことを、
いろいろ考えさせられたわけだけれども、
これって、
「やりたいこと」
がある限り、いつでも存在する方程式なんだなぁと、
図書館で本を読みながら、
注意散漫に感じたりするこのごろです。

本の中には、
時に探していたものが散らばっていて、
湿気の匂いと
独特の静寂と
アルファベットに埋もれながら、
今日も、必死にしっぽを追いかけて。

聖司くんは残念ながら登場してきませんが(本当に残念だ)、
アラサーにして、カントリーロードな気分です。