
『さよなら絶望先生』っていう日本の漫画の英訳は、
その名の通りに「Mr Desperate」らしい。
昨日、MITで日本文化を研究している教授が講演に来ていて、
その題名が、
「The Soul of Anime: Collaborative Creativity and Japan's Media Success Story」
という、
何やら非常に怪しげなものだったので、
日本人として、これは偵察せねばならぬという義務感(?)に駆られ、
覗いて来ました。
Soul...それは手書きで原画をつくることとか(対CG)、
漫画がアニメになったり、アニメがグッズになったりして、
形を変えて世の中に入り込んでいることとか、
まぁそういう話でしたが、
何しろ先生は、「絶望先生」が大好きなんだそうで、
漫画に織り込まれた社会風刺の鋭さと、
日本語の言葉遊び的要素が大いに含まれた内容が、
(例えば、絶望先生、は、名前が、「糸色 望(いとしき のぞむ)」
で、これを繋げると、絶望、という言葉になる、とか)
どのように「ボランティア」の手によって英語等の外国語に翻訳され、
オリジナルの映像の中にうまく組み込まれて、
ネット上に流布しているか、なんてことを熱弁しており、
5分ほど、実際に「絶望先生」のアニメーションなんかを見せたりして、
大興奮していました。
日本のアニメが海外でも人気であることは何となく知ってはいたものの、
膨大な数のアニメが、いくつもの言語のサブがつけられ、
無料サイトで自由に閲覧できるようになっているんですね。
そして、「絶望先生」…
わたしはこれ、途中まで漫画で読んだことがあるんですが(弟ちゃんが大好きで、
貸し出しされました)確かに、シニカルな要素は、国境を越えて、現代の都市生活者
には共感をもって共有されるのかもしれない。
はてさて、およそ2時間近い講演は、質疑応答も含めると、
アニメ制作の過程におけるSweat Shopの問題(労働搾取的な、劣悪環境での
労働。日本のアニメの多くが、韓国などアジアの下請けプロダクションで
実際には製作されていて、人種問題/人権問題も含め、課題であるということ)や、
フリー動画に対する著作権の問題など、深刻な話もあったのですが、
教授自身は、どっちかっていうと、やっぱりSoulに興味がある人なわけで、
(質問者たちの方が、「裏」に興味がある感じで)
ガンダムやら「時をかける少女」やらを題材に、熱弁する教授を眺めながら、
わたしが思い浮かんだのは、
「好きを仕事にする」。
これに尽きます…
そういやリクルートさんに「好きを仕事にする本」ていうのがあったなー、なんて
思いながら、
例えば、わたしの弟ちゃんも、相当な漫画大好き人間だけど、
この大好きっていうのを、仕事にしちゃって、
それで生きているっていうか、
これって仕事になるんだっていうか、
なんていうんでしょう。
やったもん勝ちなんだっていう。
多分同じくらいSoulについて語れる人は、
他にもいるのかもしれないけれど、
権威や肩書きや立場をもって語るというのを、
選ぶ人と選ばない人と。
選べることを知っている人と、知らない人と。
仕事って、仕事って。
そんなことを思いました。
こんなとき、絶望先生なら、
シニカルをみつけて、
「絶望した!」って叫ぶんだろうなぁ!
講演って、
こうやって意図しない風に解釈されていくんだなぁと、
妙に客観視するわたしでした。
いや、ニッポンのことを考えると、
非常に興味深いテーマだと思います。
アニメ。
日本で学術的にアニメを研究するって、
どのくらい盛んなんだろう??
盛んだから、国策に入ったり(外交手段として)しているのか、
行き当たりばったりなはずはないだろうし…
と、ちょっと興味あり。

