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ろ~るのヒトリゴト

キタオヒ◇ユキ OFFICIAL BLOG

先週のキャスで急遽開催が決まった

 

1月16日

 

「お誕生会」

 

遅くなりましたが販売ページができました。

 

すんごく間接的ではあるが、自分の家で集まってお祝いされることって

 

小学生以来のことではなかろうか。。。

 

どんなプレゼント持ってきてくれるのかなぁ。。。

 

プラモやったら嬉しいなぁ。

 

ミニ四駆やったら嬉しいなぁ。

 

。。。。などと兎に角、お祝いの気持ちをスルーして

 

プレゼントお菓子にしか興味がなかった

 

超邪な時代

 

が懐かしいですなぁ。

 

 

もちろん今は感謝の気持ちを忘れないジェントルマン(自称)になっておりますが。

 

25年ぶりのホームイベントにわくわくしますね。

 

今回は普段のRooM Rとは違い、フリーダムにわいわいな時間をご一緒出来ればと。

 

今週土曜日夕方6時に玄関開けておくので

 

ユア粗茶、ユアお菓子、ユアケーキをご持参くださいませ。

 

 

 

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RooM R 2021【生誕祭】 - ツイキャス (twitcasting.tv)

 

 

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プレミアキャス購入の流れ | ろ~るのヒトリゴト (ameblo.jp)

 

 

祝おう!

 

 

おじさんの誕生日!!!

 

 

 

 

 

 

 

晴れ渡る

 

月の光に

 

うれしくも

 

行手の道の

 

さやかなりけり

 

 

 

明けましておめでとうございます。

 

。。。というには少し遅めな気がしておりますが

 

2021年一発目のブログということでこういうご挨拶で。

 

 

 

 

ということはつまり

 

 

明日の新年一発目の水曜キャスでも

 

明けましておめでとうございます!

 

と伝えさせていただくでしょう。。。汗

 

 

こんなんなんぼあっても良いですからね~。(〇ルクボーイ風)

 

 

大晦日のことではあるが、紅白歌合戦を好きなアーティストだけかいつまんで観ていた。

 

ミスチルの桜井氏が冒頭に少しメッセージを届けていた。

 

大まかな解釈だが

 

「コロナウィルスが教えくれたことを大事にしてほしい」と。

 

まずハッとしたのが

 

「コロナが教えてくれた」という「前向き」なセンテンス。

 

こんな言葉、普通は口に出来ないよ。

 

でも、色んな「当たり前」を奪っていったものだからこそ

 

今後、一時的とはいえ当たり前でなくりそうな日常を慈しむことが出来るのかもしれない。

 

 

こういう事態にならなければ気付けなかったことを

 

伝え方こそ残酷なのかもしれないが、「教わった」のかもしれない。

 

人によってはそんな考え方自体、極楽とんぼなもんだと否定的になるだろう。

 

そんな美しい考えではどうにもならないような生活を送っている人も大勢いるだろう。

 

そう。私たちは「いつも贅沢」なんだと思う。

 

それをさも当然と思いながら

 

否、当然とさえ無意識に毎日生きている。

 

 

おいしい食事

 

変わらぬ景色

 

交わす言葉

 

誰かを愛すること

 

 

今年。。。。だけでなく、常日頃から一層この「贅沢な当たり前」を胸に過ごしていけたらと。

 

 

 

 

 

そして、もう一つ

 

同じく紅白にてオオトリを務めていたMISIAさんを観て

 

心がテレビのなかへ吸い込まれたというか。。。

 

平たく言うとすごく感動したんですよね。

 

それとともに、映像でもこんなに心を動かすことが出来るのだなぁと

 

改めて思い知らされた。

 

クオリティーこそ月とスッポンの糞ぐらいの差があれど、

 

同じようなコンテンツを届けている身としては何だか希望の光のようにもみえて。

 

「直接」でなくても届くものは必ずある。

 

と確信に近いものを得れた。

 

とはいえ、まだまだ色んな要素で未熟で発展途上で

 

気が付けば元の日常が戻っているのかもしれないが、たとえ戻っても並行していきたいですね。

 

 

今年も心が右往左往の日々だとは思いますが

 

「死なない」

 

を第一目標に

 

「当たり前を愛でる」

 

を心掛け、歩んでいけたらと。

 

 

おこがましいかもしれませんが、ご一緒していただけると幸いです。

 

 

暗くて見えない道も、月が射してだんだん明るくなるように

 

幸せも次第に増してくるので

 

焦らず騒がず静かに身を守って

 

進めるタイミングで進んでいけば良いことありまっせ。

 

 

今年も何卒宜しくお願い致します。

 

 

キタオ ヒ◇ユキ (小吉)

 

いやはや、今年も最後の投稿になりました。

 

どの業界でもそうだと思うが、今年は波乱の一年だった。

 

何より「自粛」という名のゴムみたいな鎖に縛られた感覚が辛い。

 

強い意志や理解があれば、その鎖は引きちぎることも可能だし

 

己の行動に自信を持って飛び回ることも出来た。

 

 

私はどちらかというと、それとは逆で

 

縛られながらも出来ることを昇華させていった。

 

それはつまり鎖を引きちぎれるほど気持ちに透明性がなかったからだ。

 

世の中の認識が未だ混沌としている。

 

右を見れば鎖が緩むような気がしたり、左を見れば急に強く締め付けられたり。

 

そんな感覚になるのはやはり自身の気持ちが混乱している証拠といえる。

 

混乱しているから、敢えて動かず

 

最低限のコミュニティーで活動していくことにした。

 

 

それが可能だった唯一の救いは「動画配信サービス」の存在。

 

間接的ではあるが、リアルタイムで音楽やトークを届けることが出来た。

 

これがなければ音楽存続も危うかったはず。

 

「配信で少しでも良いものを」と機材も一新し、音楽を届けてきたが

 

もちろん生のそれには遠く及ばない。

 

配信のクオリティ平均値があがればあがるほど、音楽としての

 

「生の良さ」を出し手も受け手も痛感する。

 

配信であろうが、紛れもなく楽しいと思えるリアルタイムの気持ちの裏に

 

どこか「悔しさ」のようなものがあり

 

拭いたくなるほど強いものでもないのに、尾を引いてくる感じ。

 

そんな気持ちに淀みを消し去り、光沢仕上げを施してくれる

 

皆様のコメント

 

「キーターオーキャースー」

 

「かっこいい」

 

「嬉しい」

 

「ありがとう」

 

「楽しかった」

 

「アンコール」

 

「またね」

 

俗な言葉ばかりかもしれないが、こういうものにどれだけ励まされているか。

 

言葉の響きでなく、単なる文字だとて

 

俯きがちな私の心をどれだけ奮い立たせたであろう。

 

有料配信や投げ銭にも沢山のご支援をいただいた。

 

実際に会えずとも、感謝の価値は全く変わらず

 

否、むしろ会えない時の方が強くありがとうを想っているのかもしれない。

 

今年も私を輝かせてくれて

 

ありがとうございます。

 

あなたがいたから一年楽しくやってこれました。

 

 

 

 

再会の目途はまだ見えないですが、その日が一日でも早く来ることを願って

 

しっかりご自愛いただければと存じます。

 

 

よいお年をお迎えください。