8月24日 できごと その2 | スズメの北摂三島情報局

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2011/08/02 リニューアル
2019/07/14 アメブロ移動
柴犬ハルがお伝えします

1912年 - アラスカ準州(アメリカ合衆国最北端にある、現在のアラスカ州)が成立する。アラスカは、北アメリカ大陸北西の端にあり、合衆国本土とはカナダを挟んで飛地になっている。アメリカ合衆国の州の中では面積最大であり、東はカナダ、北は北極海、西と南は太平洋と接し、西のベーリング海を隔ててロシアとも海上の国境がある。1867年3月30日、アメリカ合衆国がロシア帝国からアラスカを買収したが、この交渉を纏めたのは、当時の国務長官であったウィリアム・H・スワードである。このことは、当時のアメリカ国民から「スワードの愚行」「巨大な冷蔵庫を買った男」等と非難されたが、その後豊富な資源が見付かったり、アラスカが(主に旧ソビエト連邦に対する)国防上重要な役割を果たすことが分かり、現在では高く評価されている。その後、幾つかの管理形態の変遷を経て、1912年にアラスカ準州となり、1959年1月3日にはアメリカ合衆国の49番目の州、アラスカ州となっている。 
1927年 - 美保関事件。島根県東部、美保関沖での徹夜の夜間無灯火演習中に、軽巡洋艦『神通』と駆逐艦『蕨』が衝突事故を起こし、『神通』は艦首を喪失して大破、『蕨』は沈没する。この時、『神通』を避けようとした後続の軽巡洋艦『那珂』も、駆逐艦『葦』に衝突し、両艦も大破する。沈没した駆逐艦『蕨』では92名、大破した駆逐艦『葦』では28名が、それぞれ死亡している。日本海軍は、アメリカ(米)、イギリス(英)、日本(日)、フランス(仏)、イタリア(伊)の戦艦・航空母艦(空母)等の保有の制限が取決められた「海軍軍備制限ニ関スル条約(ワシントン海軍軍縮条約、大正12年条約第2号)」の結果として、保有主力艦艇の総排水量を制限され、当時の連合艦隊司令長官加藤寛治大将は、日本とロシア帝国(現在のロシア連邦)との間で、朝鮮半島とロシア主権下の満洲(現在の中国東北部)南部と、日本海を主戦場として発生した戦争、日露戦争で連合艦隊司令長官として指揮を執り、日本海海戦での完勝により国内外で英雄視され、「陸の大山 海の東郷」「アドミラル・トーゴー」「東洋のネルソン」と呼ばれた東郷平八郎元帥から激励された、「訓練に制限無し」を掛け声として、1926年11月以来、猛訓練と個艦優秀主義によって戦力の劣勢を補おうとし、過重な訓練を課していた中で発生した事件となる。連合艦隊(第一艦隊、第二艦隊)の主要艦艇が集結して行なわれた八回基本演習(夜間無灯火演習)において、戦艦を中軸とする甲軍と、駆逐艦を中心に編成された乙軍による夜間雷撃訓練が実施される。甲軍を仮想敵として接近中であった乙軍の中の軽巡洋艦『神通』は、甲軍の艦艇(軽巡洋艦『龍田』)からの照射を受け、攻撃の機会を失ったと判定され、軽巡洋艦『那珂』と共に右へ旋回する。これがきっかけとなって、艦隊の隊列が乱れ、艦艇の多重衝突事故発生となる。事故発生時の軽巡洋艦『神通』艦長、水城圭次海軍大佐は起訴され、軍法会議(主として軍人に対し、司法権を行使する軍隊内の機関で、一般的には軍の刑事裁判所として知られる)が審問したが、判決前日に自宅で自決する。後に、海軍有志の手により、水城圭次海軍大佐の慰霊碑が建立されている他、事件現場付近の美保関灯台と、鳥取県境港市の台場公園に慰霊碑が建立されており、長崎県佐世保市の海軍墓地にも、駆逐艦『蕨』と駆逐艦『葦』の犠牲者の殉難者忠魂碑が建立されている。
1927年 - 九州西岸に台風が接近し、有明海(九州北西部にある湾)一帯で高潮の被害が出る。熊本県だけでも死者22名、家屋浸水8,171棟等。  
1929年 - 嘆きの壁事件: ヘブロン事件。中東のヨルダンとイスラエルの間にあるヘブロン(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地の1つ)で、アラブ人がユダヤ人を攻撃し、ユダヤ人65名が殺害される。 
1931年 - イギリスで、世界恐慌(世界中の資本主義諸国を襲った史上最大規模の恐慌[好況局面で突如発生する深刻な景気後退])対策のためのラムゼイ・マクドナルドの挙国一致内閣(国家の危機や政党内閣の危機に際し、対立する政党をも包含して作られた内閣)が成立する。
1932年 - アメリア・イアハートが、女性初のアメリカ大陸単独横断無着陸飛行のためアメリカ合衆国東部、ニュージャージー州ニューアークを離陸。約19時間後の翌8月25日、アメリカ合衆国西部、カリフォルニア州のロサンゼルスに着陸する。 
1936年 - 成都事件。中国西南部にある四川省成都で、日本の民間人4名が暴徒に襲撃され、2名が死亡し、2名が重傷を負う。 
1938年 - 大森民間機空中衝突墜落事故。羽田飛行場(現:東京国際空港)から訓練飛行に向かうために飛立った日本飛行学校(飛行訓練を行なっていた民間の飛行学校)のアンリオ社(フランスの航空機メーカー)製HD.14複葉機(2名乗り)と、その後を離陸した日本航空輸送(第二次世界大戦前に存在した日本の民間航空会社)のフォッカー社(ドイツの航空機メーカー)製スーパーユニヴァーサル旅客機(搭乗員3名)が、訓練飛行中であった午前8時55分、東京府東京市大森区(現在の東京都大田区)森ケ崎町上空約150mで双方が直角に衝突。そのため、双方とも主翼が外れる等、空中分解して墜落する。スーパーユニヴァーサル旅客機の航空燃料タンクが大爆発を起こす等して、乗員5名と地元住民80名の計85名が死亡する大惨事となる。 
1938年 - 桂林号事件。中国南部にあるイギリス領香港(当時)から、中国西南部にある四川省成都に向かっていた中国航空公司(中国初の民間航空会社)の旅客機、ダグラスDC-2型機「桂林号」が、日本海軍の水上機に攻撃され、川に不時着水する。乗客14名、乗員4名の計18名の内、乗客13名、乗員2名の計15名が死亡する。 
1941年 - ナチス・ドイツ(国家社会主義ドイツ労働者党[ナチ党]政権下のドイツ国)指導者兼首相(総統)アドルフ・ヒトラーが、障害者の安楽死政策T4作戦の中止を指令。 
1942年 - 第二次世界大戦・ソロモン諸島の戦い: 第二次ソロモン海戦が始まる。
1944年 - 第二次世界大戦: 東ヨーロッパに位置するルーマニア王国が連合国に降伏する(ルーマニア革命)。 
1945年 - 第二次世界大戦: 松江騒擾事件。島根県松江市で、無条件降伏に反対する青年グループ「皇国義勇軍」数十名が武装蜂起し、県内主要施設を襲撃。警官隊や軍隊が鎮圧するが、住民1名が殺害される。 
1945年 - 浮島丸事件。朝鮮半島出身者約4,000名を、韓国南東部にある釜山へ送還中の日本海軍特設運送艦『浮島丸』が、京都府舞鶴市の舞鶴港で、アメリカ軍が敷設した音響式機械水雷(機雷)に触雷して沈没する。多くの乗客が救助され、若しくは自力で岸に辿り着いたが、乗客524名と乗員25名の計549名が死亡する。 
1949年 - 北大西洋地域における集団安全保障(潜在的な敵国も含めた国際的な集団を構築し、不当に平和を破壊した国に対しては、その他の国々が集団で制裁するという国際安全保障体制の一種)条約北大西洋条約が発効し、アメリカ合衆国を中心とした北アメリカ(アメリカとカナダ)、及び西ヨーロッパ諸国によって結成された軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)が発足する。 
1953年 - 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国営旅行会社、朝鮮国際旅行社が創立される。 
1954年 - 1920年代から1940年代の労働運動に大きな影響力を有し、反人種差別運動にも尽力した、アメリカ共産党を実質的に非合法とする共産党統制法が施行される。アメリカ共産党はその後も存続しており、ドナルド・トランプが勝利した2016年アメリカ大統領選挙以降、過激な思想を追及する若者の支持を受け、実に約70年振りに、党勢の拡大を受けている。 
1955年 - 森永ヒ素ミルク中毒事件(主に西日本を中心として、原子番号33の元素で、生物に対する毒性が強いことを利用して、農薬や木材防腐に使用される、ヒ素の混入した乳製品メーカーの森永乳業製の粉ミルクを飲用した乳幼児に、多数の死者、中毒患者を出した毒物混入事件): 岡山県で大量発生していた乳児のヒ素中毒の原因が、森永乳業製の粉ミルクであることが分かり、厚生省(現在の厚生労働省の前身の1つ)に報告され、事件が表面化する。 
1957年 - 「耐震構造の父」と称される構造家・建築構造技術者・建築構造学者、内藤多仲が設計した電波塔、さっぽろテレビ塔(北海道札幌市中央区大通西に所在し、高さは147.2m)の展望台が完成し、営業を開始する。