5月4日 記念日 その6 | スズメの北摂三島情報局

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2011/08/02 リニューアル
2019/07/14 アメブロ移動
柴犬ハルがお伝えします

名刺の日。 
プライベート名刺の普及等を目的とする任意団体、日本名刺研究会が制定。英語で5月は「May(メイ)」、それに4日の「4」を「シ」と読んで、名刺の日となった。名刺は、本人が自らの名前と所属・連絡先等を示すために、他人に渡すことを目的としたカードである。自己紹介の一環として交換されたり、職業上の儀礼のために手渡されるものである。一般的に、氏名を最も強調し、所属(いわゆる肩書き)・連絡先(電話番号・所在地等)を記載する。中には、顔写真や、ウェブサイトのURL・メールアドレスを記載しているものもある。保存性・耐久性の点から厚い紙が用いられ、携帯の利便性から、人の手よりも小さいサイズの紙製のものがよく使用される。日本や韓国・台湾・中国等の東アジア圏では、業務上の初対面時に名刺交換を行なうことが慣習化しており、東南アジア諸国でも一般的である。さらに、欧米でも、使用頻度が高くなっているとされる。名刺交換の慣習で西洋と日本での大きな違いは、欧米では別れ際に氏名や住所・役職・連絡先等の確認のために交換することが多いのに対し、日本では商談に入る前、会ってすぐに交換をすることである。名刺のサイズは、いわゆる黄金比である。日本の標準サイズは91mm×55mmとなっており、この名刺のサイズ規格は4号で、関西では大阪9号とも呼ばれる。日本では、古くから長さの単位に尺、寸が使用されてきた。1尺は約303mm、1寸は、その10分の1の約30.3mmとなっている。この長さの単位が名刺にも使われ、長辺が3寸(91mm)となった。短辺は、最も美しい比率とされる黄金比から、55mmが多く使われるようになったという。黄金比は、ギリシャの首都アテネにある、古代ギリシャ時代に建設された神殿、パルテノン神殿やピラミット(アフリカ大陸北東部にあるエジプトや、中南米等に見られる四角錐状の巨石建造物の総称)、ミロのヴィーナス(愛と美と性を司るギリシャ神話の女神、アプロディーテーの像と考えられている)等の歴史的建造物や、美術品にも使用される比率で、その比率は、近似値1:1.618である。他にも、黄金比であるものとして、パスポート、ハガキ、キャッシュカード、トランプ、Apple(アメリカ本社を置く、コンピュータ関連の多国籍企業)のロゴ等がある。近年では、敢えて非定型であったり、標準サイズとは違う名刺を使用する会社もある。小型のものは、主に女性用として、特に、水商売の女性には四隅を丸く処理したものが好んで用いられる。また、舞妓(芸妓とは、唄や踊り、三味線等の芸で宴席に興を添えることを仕事とする女性で、舞妓とは、芸妓になる前の未成年、概ね15歳から20歳位までの少女のこと)用として花名刺(背景に季節を表した柄や、干支やおもちゃ、道具等の柄が描かれた名刺)がある。
糸魚川・ヒスイの日。
新潟県糸魚川市で活動する市民団体、特定非営利活動法人(NPO法人)まちづくりサポーターズが制定。日本唯一のヒスイ産出地であり、世界最古のヒスイ文化発祥の地でもある糸魚川市。ヒスイの魅力をさらに大勢の人に知ってもらい、まちおこしの機運の醸成を図ることが目的。日付は、ヒスイ(翡翠)の「翠」から連想して「みどりの日」である5月4日とした。ヒスイ(翡翠)は、深緑の半透明な宝石の1つで、東洋(中国)や中南米(インカ文明[南アメリカ大陸西部に中心にケチュア族という民族が作った国の文明で、文字を持たない社会、そして文明であった])では古くから人気が高い宝石であり、金以上に珍重された。また、古くは玉(ぎょく)と呼ばれた。日本では、5月の誕生石にエメラルドと共に数えられている。宝石言葉は「長寿、健康、徳」。現在、判明している世界最古のヒスイの加工は、現在の新潟県糸魚川市において、縄文時代中期(約5,000年前)から始まったとされ、世界最古の翡翠大珠は、山梨県で見付かっている。その後の弥生時代から、古墳時代(現在のところ一般的に、3世紀半ば過ぎから7世紀末頃までの約400年間を指すことが多い)においても珍重され、祭祀・呪術に用いられたり、装身具や勾玉等に加工されたりした。しかし、奈良時代以降は見向きもされないようになったため、国内産地も分からなくなり、研究者達は国内で出土する勾玉等は、国外から持込まれたものと考えていたが、1938(昭和13)年に新潟県西頸城郡糸魚川町(現在の新潟県糸魚川市)で見付かった鉱物を東北帝国大学(現在の東北大学の前身)教授の河野義礼が鑑定し、国内産地があることが再発見された。ヒスイは、全ての鉱物の中で最も割れにくい性質(靭性)を持っている。最高の硬度を持つ鉱物はダイヤモンドであるが、ある特定の角度から衝撃を与えると簡単に割れる。一方、ヒスイは、細かな結晶の集まりであるため、衝撃に弱い方向というものが存在しない。
ゴーシェ病の日。
肝臓や脾臓の腫れ、骨折、呼吸障害等の症状を伴なう難病のゴーシェ病。国内での患者数は約150名と、非常に稀な疾患であるゴーシェ病のことを、多くの人に知ってもらおうと、患者等で結成された団体、「日本ゴーシェ病の会」が制定。日付は、会の前身の「ゴーシェ病患者及び親の会」から、現在の会の名前で活動を開始した日が、2015(平成27)年5月4日であったことと、5月4日の「5」と「4」で、「ゴー(5)シェ(4)」と読む語呂合わせから。国際的には、10月1日が「世界ゴーシェ病の日」で、「日本ゴーシェ病の会」も日本を代表して、世界に向けた啓発活動に参加している。ゴーシェ病とは、肝臓や脾臓の腫れ、骨折、呼吸障害等の症状を伴なう難病である。1882(明治15)年に、フランスの医師フィリップ・ゴーシェによって最初に発見され、ゴーシェ病と名付けられた。ゴーシェ病は、グルコセレブロシドという糖脂質を分解する酵素、グルコセレブロシターゼの機能が悪いため、グルコセレブロシドがセラミドに分解されず、肝臓や脾臓、骨髄等の細胞に蓄積して、肝脾腫や骨症状を主症状とする先天性代謝異常症の内、ライソゾーム病に分類される病気である。 
口臭ケアの日。
神奈川県横浜市港北区新横浜に本社を置く、口臭ケア商品等の企画、製造、販売を行なう企業、株式会社いいの製薬が制定。歯を磨くだけではケアし切れない口の中の乾燥、舌苔や膿栓といった、口臭の原因について多くの人に知ってもらい、口臭ケアの大切さを広めることが目的。日付は、5月4日の「5」と「4」で、「口臭(こう[5]しゅう[4])」と読む語呂合わせから。人の口臭は、生活習慣や体内環境によって、臭いの有無や種類が大きく左右されるという。口臭がある人の多くが歯磨きをしても、口臭は改善されない。歯磨きのミント味でスッキリした気持ちになるが、実際には口臭がしている。その原因は、舌苔等の口の奥の汚れと言われている。そこで、舌磨きが有効とされるが、多くの人がやり過ぎて、逆効果になっている。舌磨き専用の歯ブラシを使って、やり過ぎない程度に舌苔ケアをすると、口臭レベルを下げることができる。また、唾液の分泌を促す唾液腺マッサージも、口腔環境を整えるのに有効である。株式会社いいの製薬では、口内を洗浄し、口臭を防ぐ効果がある洗口液「ルブレン」を製造・販売している。殺菌剤等の薬剤は不使用で、沖縄オーガニック果実水とハーブ8種を配合しており、口腔を浄化し、口臭を予防できる。  
とろけるハンバーグの日。
神奈川県相模原市中央区相模原に本社を置く、レストラン事業、フードコンサルタント事業等を展開する企業、株式会社GROSEBAL(グローズバル)が制定。自社が開発し、年間約100万食を販売する「とろけるハンバーグ」を、相模原市の名物グルメとして、その魅力をより多くの人に知ってもらうことが目的。「とろけるハンバーグ」は、高級ステーキの美味しさをハンバーグで表現しているだけでなく、パン粉等のつなぎを使用していないため、小麦等のアレルギーを持つ人でも食べられる。日付は、国内初の民間単独開発でロケットが打上げられた2019(令和元)年5月4日から。「とろけるハンバーグ」がそのロケットに持込まれ、「世界初、宇宙へ行ったハンバーグ」と話題を集めたことに因んでいる。北海道広尾郡大樹町に本社を置く、液体燃料ロケット開発を行なう企業、インターステラテクノロジズ株式会社が開発した商業ロケット「MOMO」3号機は、2019(令和元)年5月4日、北海道広尾郡大樹町にある、インターステラテクノロジズ実験場に隣接する北海道スペースポート Launch Complex-0から打上げられ、日本初の民間単独による宇宙空間到達に成功した。

巻寿司の日。
節分は雑節の1つで、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のこと。節分とは「季節を分ける」ことをも意味している。立春から立夏までが春、立夏から立秋までが夏、立秋から立冬までが秋、立冬から立春までが冬、というように定められる。季節の変わり目には、邪気が生じると考えられていたため、それを追払う意味もある。まさに、季節を分けるその日に、巻寿司を丸かぶりすると幸福が訪れる、と言われていることから、広島市西区商工センターに本社を置き、巻寿司の材料となる玉子焼、味付干瓢等を製造販売する食品加工会社、「株式会社あじかん」が制定。記念日は節分の日の年4回で、年により変わる。「株式会社あじかん」には、巻寿司キャラクターとして「巻き巻き忍者 巻之助くん」がいる。忍者の隠れ里「巻き巻き村」の見習い忍者の男の子で、現在、まだ見ぬ具材を探す修行の旅をしている。巻き巻き忍法で、世界一美味しい巻寿司をつくるのが夢である。巻寿司は、一般的には、巻き簾上の海苔に酢飯を広げてその上に具(巻芯)を乗せて巻いた日本の料理を指し、太さの違いによって「細巻」「中巻」「太巻」と各々違う呼び名がある。歴史的に「太巻き」を標準とする地域と、「細巻き」を主流とする地域が存在するため名称の区別がなく、それら全てを「巻き寿司」と呼んでいる。具材の芯を海苔や酢飯で巻くことによって、迅速かつ大量に巻き寿司を生産できるようになっている。
修司忌。
「言葉の錬金術師」「アングラ演劇四天王の1人」「昭和の啄木」等の異名がある、歌人・劇作家、寺山修司の1983(昭和58)年の忌日。青森県三沢市大字三沢字淋代平にある寺山修司の顕彰施設「三沢市寺山修司記念館」では、この日を中心に「春のフェスティバル」が開催され、献花や短歌・詩の朗読等が行なわれる。寺山修司は、マルチに活動したことでも知られ、膨大な量の文芸作品を発表し、徹底した前衛性と市街の劇場化等で、国内外にセンセーションを巻起こしている。競馬への造詣も深く、競走馬の馬主になる程であった。寺山修司は、肝硬変(慢性肝炎を発症して肝臓に長く炎症が生じることで、肝臓の組織が線維化して硬くなる病気)を患っており、敗血症(感染症に対する制御不能な生体反応に起因する、生命を脅かすような臓器障害)のため死去した。47歳没。