3月14日 記念日 その4 | スズメの北摂三島情報局

スズメの北摂三島情報局

2011/08/02 リニューアル
2019/07/14 アメブロ移動
柴犬ハルがお伝えします

国民融和日。
1930(昭和5)年に財団法人中央融和事業協会が制定。1868(慶応4)年3月14日(旧暦)、「五箇条の御誓文」が宣布された。「五箇条の御誓文」とは、第122代天皇、明治天皇が天地神明に誓約する形式で、公卿や諸侯等に示した明治政府の基本方針で、正式名称は「御誓文」である。明治新政府は、大政奉還後の発足当初から「公議」を標榜し、その具体的方策としての国是を模索していた。1868(慶応4)年1月、越前国福井藩出身の参与由利公正が、「議事之体大意」五箇条を起案し、次いで、土佐国土佐藩出身の制度取調参与福岡孝弟が修正し、そのまま放置されていた。それを、同1868(慶応4)年3月に入って、長門国/周防国長州藩出身の参与木戸孝允が加筆し、同じく参与の東久世通禧を通じて、議定兼副総裁の岩倉具視に提出した。福岡孝弟は、由利五箇条に対して、第一条冒頭に「列矦會議ヲ興シ(列侯会議ヲ興シ)」の字句を入れる等して、封建的な方向へ後退させ、表題も「会盟」に改めたため、列侯会盟の色彩が非常に強くなった。さらに、福岡孝弟は発表の形式として、天皇と諸侯が共に会盟を約する形を提案した。しかし、この「会盟」形式は、天皇と諸侯とを対等に扱うものであり、「諸事神武創業之始ニ原キ」とする王政復古の理念にも反する、という批判に晒された。そこで、参与で総裁局顧問の木戸孝允は、天皇が天神地祇(簡単に言えば神)を祀り、神前で公卿・諸侯を率いて共に誓いの文言を述べ、かつ、その場に伺候する全員が署名する、という形式を提案し、これが採用されることとなった。その際、木戸孝允は、福岡案第一条の「列侯会議ヲ興シ」を「廣ク會議ヲ興シ」(広ク会議ヲ興シ)に改め、「徴士」の任用期間を制限していた福岡案第五条を削除して、木戸最終案第四条「旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ」を新たに組込み、五箇条の順序を体裁良く整え直す等、大幅に変更を加え、より普遍的な内容にした。また、議定兼副総裁の三条実美も、福岡案表題の「会盟」を「誓」に修正したため、木戸孝允による五箇条が「誓文」「御誓文」「五箇条誓文」「五箇条の御誓文」と呼ばれるようになった。この木戸五箇条が、天下に布告すべき日本国の国是として、明治天皇の裁可を受け、1868年4月6日(慶応4年3月14日)、朝廷の偉大さを天下に確定させんとする木戸孝允の狙い通り、誓約された。木戸孝允は後日、その意図について、「天下の侯伯と誓い、億兆の向ふ所を知らしめ、藩主をして其責に任ぜんと欲し」たと述べている。御誓文は、明治天皇の勅命によって、儀式前日に天皇の書道指南役であった有栖川宮幟仁親王の手で正本が揮毫された。翌日、京都御所の正殿である紫宸殿に設えられた祭壇の前で、「天神地祇御誓祭」と称する儀式が執り行なわれた。御誓文の内容は、三条実美が神前で読み上げる形式で示された。1868年6月11日(慶応4年閏4月21日)に明治新政府の政治体制を定めた政体書は、冒頭で「大いに斯国是を定め制度規律を建てるは御誓文を以て目的とす」と掲げ、続いて御誓文の五箇条全文を引用した。政体書は、アメリカ合衆国憲法の影響を受けたものであり、三権分立や官職の互選、藩代表議会の設置等が定められ、また、地方行政は「御誓文を体すべし」とされた。この他、同布告では、諸藩に対して御誓文の趣旨に沿って、人材抜擢等の改革を進めることを命じている。この日を中心とする3月11日から3月17日までの1週間を「国民融和週間」とし、被差別部落(近世初期以降、封建的身分制で最下層に位置付けられた人々を中心に形成され、現在もさまざまな差別を受けている地域)の地位向上・環境改善のための運動「融和運動」について、理解を深めるための行事が行なわれていた。1945(昭和20)年の第二次世界大戦終戦後は行なわれていない模様である。東京府東京市麹町区内幸町(現在の東京都千代田区霞が関)に所在した、第二次世界大戦前の社会事業団体、財団法人中央融和事業協会は、融和運動(被差別部落の地位向上、環境改善のための運動団体)の育成や統合と、融和事業の拡充を担っていた。1941(昭和16)年6月、「一億総進軍の急需」に応えられるよう、同和奉公会に改組され、差別解消というよりも、被差別部落住民を戦争遂行に動員するための団体となったが、1946(昭和21)年3月16日、同和奉公会は解散を決定した。 
切腹最中の日。 
播磨国赤穂藩第3代藩主浅野内匠頭長矩が、高家(江戸幕府における儀式や典礼を司る役職)旗本(徳川将軍家直属の家臣団の内、石高が1万石未満で、儀式等将軍が出席する席に参列する御目見以上の家格を持つ者)吉良上野介義央への刃傷事件から切腹し、後の「忠臣蔵」へと繋がるのが、1701(元禄14)年3月14日(旧暦)のこと。「忠臣蔵」に纏わる数々の事柄を、多くの人に語り継いで頂こうと、自社商品に「切腹最中(せっぷくもなか)」を持つ、東京都港区新橋にある和菓子店「新正堂」が制定。「新正堂」は、浅野内匠頭長矩が切腹した、江戸芝愛宕下(現在の東京都港区新橋)の陸奥国岩沼藩第2代藩主田村右京太夫建顕の屋敷跡地に在する、1912(大正元)年創業の老舗和菓子店で、「仮名手本忠臣蔵味こよみ」「景気上昇最中」等の人気商品がある。「切腹最中」は、薄く焼いた皮で餡を挟んだもので、餡の量が多くて皮が閉じていない状態となっている。さらに、餡の奥には餅が入っている。普通の最中では挟み込まれてるものが、真ん中にある餡が大きく見える状態になっていて、切腹を連想させることからのネーミングと思われる。因みに、浅野内匠頭長矩が刃傷に及んだ理由ははっきりとしておらず、浅野内匠頭長矩自身も、江戸幕府目付(政務全般を監察した役職)多門伝八郎重共の取調べに「遺恨あり」としか答えておらず、遺恨の内容も語らなかったので、様々な説がある。ただ、賄賂説が最も一般的であり、吉良邸討入り(元禄赤穂事件)を基にした創作作品『忠臣蔵』の映画やドラマ、小説等は大抵この説を採用している。 
ホームインスペクションの日。 
東京都新宿区新宿に事務局を置き、2008(平成20)年に任意団体として設立され、2009(平成21)年に特定非営利活動法人(NPO法人)として登記された、日本ホームインスペクターズ協会が制定。ホームインスペクション(住宅診断)とは、住宅に精通したホームインスペクター(住宅診断士)が、住宅の劣化状況、欠陥の有無、改修すべき箇所やその時期、凡その費用等を見極め、アドバイスを行なう専門業務のことである。日付は、一般的な住宅を1軒ホームインスペクション(住宅診断)する所要時間が、平均3時間14分であることから。住宅の購入前や、自宅の売出し前にホームインスペクション(住宅診断)を行なうことで、建物のコンディションを把握し、安心して取引を行なうことができる。居住中の自宅について調べることもある。また、不動産仲介業者が、物件の状況を消費者に明らかにするために利用するケースも増えている。診断の方法は、目視で屋根、外壁、室内、小屋裏、床下等の劣化状態を診断するのが基本で、機材を使用する詳細診断もある。 
花贈り男子の日。
2人の男性のちょっとしたアイデアから始まり、2013(平成25)年3月に活動を始めた、男子から女子へ花を贈る文化を創造するプロジェクト「FLOWER GIFT STORY」が、設立1周年を記念し、ホワイトデーに花を贈る男子と、花を贈られて喜ぶ女性を増やしたい、との想いから制定。そこには、1年を通じて、花を贈る良さを伝え続けているメンバーへの恩返しの意味と、新しい文化を創った嬉しさを共有して、活動を活性化させていきたい、との願いが込められている。「ホワイトデーには花を贈ろう」というメッセージを広く伝えるために、花業界とも連携をして、「花贈り男子」等によるイベントを行なう、としている。また、プロジェクト「FLOWER GIFT STORY」のサイトでは、男子から女子への心温まる花贈りエピソード等が掲載されている。
採用担当者へありがとうを伝える日。
宮崎県西都市鹿野田に本社、宮崎県西都市鹿野田に宮崎事業所を置く、採用業務や経理業務等のオンラインアシスタント事業等を行なう企業、株式会社キャスターが制定。採用の繁忙期であるこの時期、日々の業務に追われている採用・人事担当者に、「ありがとう」の気持ちを伝えることが目的。日付は、3月14日の「3」と「14」で、「採用(さ[3]い[1]よう[4])」と読む語呂合わせから。2014(平成26)年9月に設立された株式会社キャスターは、全国のリモートワーカー、及び、これから新しく働き方を変えようとチャレンジする人達のために、様々なサービスを提供している。
元麿忌。
白樺派(文学同人誌『白樺』を中心にして起こった文芸思潮で、大正デモクラシー[1910年代から1920年代にかけての期間に起こった、政治・社会・文化の各方面における民主主義の発展、自由主義的な運動、風潮、思潮の総称]等、自由主義の空気を背景に人間の生命を高らかに謳い、理想主義・人道主義・個人主義的な作品を制作した)の詩人、千家元麿の1948(昭和23)年の忌日。千家元麿は、作家・詩人・劇作家・画家の武者小路実篤に師事し、同人誌『麦』を創刊する。以後、人間と自然への賛美を素朴に表現した人道派的な詩人として知られる。武者小路実篤が理想郷を目指して建設した「新しき村」の関係者でもある。