2月13日 できごと その1 | スズメの北摂三島情報局

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2011/08/02 リニューアル
2019/07/14 アメブロ移動
柴犬ハルがお伝えします

1130年 - ローマの貴族出身で、助祭枢機卿(カトリック教会における教皇の最高顧問、枢機卿は、重要な案件について教皇を直接に補佐する「枢機卿団」を構成するが、その中で、司教枢機卿、司祭枢機卿の下に位置付けられる位階)や教皇特使を務めたインノケンティウス2世が、第164代ローマ教皇に即位する。 
1219年 - 鎌倉幕府第3代将軍の源実朝が、鶴岡八幡宮(現在の神奈川県鎌倉市に所在)で甥の僧侶、公暁により暗殺され、公暁も即日殺害される。
1542年 - イングランド王ヘンリー8世が、5番目の妃であったキャサリン・ハワードを不義密通の疑いで処刑する。 
1575年 - フランス王アンリ3世が、フランス北部、ランスにあるノートルダム大聖堂で戴冠(国王が即位の後、公式に王冠・帝冠を聖職者等から受け、王位への就任を宣明する儀式を行なうこと)。
1633年 - 異端審問(中世以降のカトリック教会において、正統信仰に反する教えを持つ、「異端」という疑いを受けた者を裁判するために設けられたシステム)のため出頭を命じられたイタリアの物理学者・天文学者・哲学者、ガリレオ・ガリレイが、現在のイタリアの首都ローマに到着する。 
1668年 - スペインが、ポルトガルを独立した国として承認する。ポルトガルは、大航海時代(ヨーロッパ人によるアフリカ・アジア・アメリカ大陸への大規模な航海が行なわれた時代)においてスペイン王国と共に活躍し、アフリカ・アジア・南米に広大な植民地を領有する(ポルトガル海上帝国)。1580年、アヴィシュ朝ポルトガル王国第8代国王エンリケ1世が、嗣子(家を継ぐべき子)なく死去すると、アブスブルゴ(ハプスブルク)朝スペイン王国第2代国王フェリペ2世が、ポルトガルの首都リスボンを占拠し、ポルトガル王としても即位する。ポルトガルはスペインに併合こそされなかったものの、1581年から1640年までの期間、スペイン王がポルトガル王を兼ねる同君連合の状態となる(スペイン帝国)。しかし、スペインに対するポルトガル貴族の反発は根強く、1640年のポルトガル革命に伴なって起きた、スペインとポルトガルとの間の戦争、ポルトガル王政復古戦争によって同君連合は解消され、その後もスペインとポルトガルとは戦争を続けたが、ポルトガル軍は1644年からの戦いで全て勝利し、イングランドの仲介の下で1668年、リスボン条約により和平が成立する。 
1689年 - イングランドで、ウィリアム3世とメアリー2世が共同統治者に即位。権利の宣言に署名し、名誉革命(イギリスの立憲君主制を成立させた革命)が終結する。 
1692年 - 現在のイギリス北部にあるスコットランドで、グレンコーの虐殺事件が発生する。グレンコーは、スコットランド北部にあるハイランド(スコットランド高地地方)南西部の谷である。イングランド政府内強硬派、及びスコットランド内の親イングランド勢力の手によって、78名の罪なき村民が虐殺される。首謀者は、スコットランド貴族の初代ステア伯爵ジョン・ダルリンプルとされる。 
1820年 - 「一茶調」と呼ばれる独自の俳風を確立し、松尾芭蕉、与謝蕪村と並ぶ、江戸時代を代表する俳諧師の1人とされる小林一茶が、俳諧俳文集『おらが春』を著す。『おらが春』は、北信濃の柏原(現在の長野県上水内郡信濃町柏原)で過ごした1年、間の折々のできごとに寄せて読んだ俳句・俳文等から構成され、全くの時系列に沿って書き記された日記ではなく、刊行を意図して構成されたものである。さらに、小林一茶自身、改訂や推敲を重ね、未刊のままに留まっていたが、没後25年になる1852年に小林一茶の弟子、白井一之が、自家本として刊行している。表題の「おらが春」は、著者の小林一茶自身が選んだものではなく、白井一之が、本文の第1話の中に出てくる句「目出度さもちう位也おらが春」から採って付けたものである。
1854年 - アメリカ海軍東インド艦隊司令長官マシュー・ペリーが、7隻の軍艦を率いて来航する(2度目)。マシュー・ペリーは、早期の条約締結を求め、この約1ヶ月半後、日本の鎖国体制を終焉させた日米和親条約が調印されている。マシュー・ペリーは、蒸気船を主力とする海軍の強化策を進めると共に、士官教育に当たり、「蒸気船海軍の父」と称えられ、海軍教育の先駆者とされている。日米和親条約調印の大任を果たした後、体調不良に悩まされていたマシュー・ペリーは、艦隊の指揮権を譲り、イギリス船に便乗して、西回りの航路と陸路で帰国する。晩年には、日本遠征記等の出版に注力したという。
1862年 - 坂下門外の変: 尊攘派(王を尊び、外敵を斥けようとする思想)の常陸国水戸藩浪士(主家を離れた武士)6名に襲撃され、幕政を事実上取仕切る最高権力者の1人となっていた江戸幕府老中、安藤信正が負傷する。 
1868年 - 尾張国/美濃国/三河国尾張藩で青松葉事件(佐幕派[幕府支持派]弾圧事件)が起こり、5日間で14名の藩士が処刑される。 
1875年 - 「平民自今必苗字ヲ唱ヘシム(平民苗字必称義務令、国民皆苗令、明治8年2月13日太政官布告第22号)」が布告され、平民に苗字を名乗ることを義務付ける。 
1894年 - フランスの写真機材技術者、リュミエール兄弟が、世界初の映画とされる「シネマトグラフ・リュミエール」の特許を取得。 
1912年 - アメリカ合衆国における音楽の権利保護を目的とした非営利団体、米国作曲家作詞家出版者協会(ASCAP)が設立される。 
1927年 - 新潟県中頚城郡寺野村(現在の新潟県上越市板倉区)で、8m18cmの積雪。人里での積雪としては日本最大の記録となる。
1945年 - 第二次世界大戦・独ソ戦: ブダペスト包囲戦が終結。ソビエト連邦赤軍(地上軍[陸軍])がブダペスト(現在のハンガリーの首都)を占領する。 
1945年 - 第二次世界大戦: イギリス空軍・アメリカ空軍が、無防備都市宣言していたドイツ中東部にあるドレスデンを空襲し、2万名以上が犠牲になる(ドレスデン爆撃)。 
1946年 - 連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が、改正憲法草案(マッカーサー草案)を日本政府に手交。 
1950年 - レッドパージ(共産主義の思想・運動・政党に関係している者を公職や企業から追放すること): 東京都教育委員会の事務を担当する事務局、東京都教育庁が共産主義の教員246名に退職を勧告。 
1951年 - 「地方公務員法(昭和25年12月13日法律第261号)」が施行される。 
1958年 - 南極観測船「宗谷」の船長と乗組員が南極近海で、未確認生物「南極ゴジラ」を目撃する。目撃例はこの1回だけで、映像資料もない。当時の「宗谷」の船長であった松本満次が、自著『南極輸送記』でこの事件を記述し、東宝映画に登場する怪獣「ゴジラ」に因み、「南極のゴジラ」と記したことが初で、以後「南極ゴジラ」として知られるようになる。
1960年 - フランスが初の原爆実験を行ない、世界4番目の核保有国となる(ジェルボアーズ・ブルー[核実験のコードネーム])。 
1960年 - ナッシュビル座込みが始まる。ナッシュビル座込みは、アメリカ合衆国南部、テネシー州ナッシュビルのダウンタウンで行なわれた、人種差別の撤廃を求める非暴力の直接行動の一部である。この座込みは、ナッシュビル学生運動とナッシュビル・キリスト教指導者会議により企画され、徹底した非暴力で記録的な成功をもたらす。
1974年 - ソビエト連邦が、国家反逆罪でノーベル文学賞受賞者アレクサンドル・ソルジェニーツィンを国外追放とする。 
1977年 - 青酸入りコーラ事件。大阪府藤井寺市に住む会社員の男性(当時39歳)が、出勤途中に煙草を買うため立寄った酒屋の公衆電話に、中身の入ったコーラの瓶が置かれているのを発見し、飲んだところ突然意識不明に陥り、病院に運ばれる。男性が飲んだコーラの瓶からは青酸反応が検出され、男性は一命を取留めたが、退院した翌日、自宅でガス自殺する。