2月7日 記念日 その4 | スズメの北摂三島情報局

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2011/08/02 リニューアル
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柴犬ハルがお伝えします

福井県ふるさとの日。
福井県が1982(昭和57)年、「ふるさとの日に関する条例(昭和57年3月23日条例第1号)」により制定し、翌1983(昭和58)年から実施した。県民それぞれの「ふるさと」に関する理解と関心を深め、豊かな郷土を築くことを期するための日、とされる。1881(明治14)年2月7日に発布された「太政官布告第3号」により、嶺北(越前地方)が石川県から分離され、嶺南(若狭地方、及び敦賀市)が滋賀県から分離され、双方が合併して、福井を県庁所在地として、現在の福井県が設置された。福井県は、越前の緑豊かな山々と、若狭の清らかな水の流れに代表されるように、自然が美しい場所であり、それを代表する語に越山若水(えつざんじゃくすい)がある。特別豪雪地帯(冬に大量の積雪がある地域)の大野市・勝山市・今立郡池田町・南条郡南越前町の旧今庄町は全国屈指の積雪量であり、年間の降水量は多い時に3,000mm以上に達する。但し、近年は暖冬傾向で、降水量は昔に比べ減少しつつある。一方で、日本海沿岸部では対馬暖流の影響により、冬でも比較的暖かく、雪よりも雨の日が多い。このために、「弁当忘れても傘忘れるな」という天気の格言が存在する。福井市等は内陸に位置するため、沿岸部に面する新潟市や金沢市等よりは豪雪となり易い。工業地域としては、北陸工業地域の南端を担っている。第二次産業と第三次産業を主としており、繊維産業や漆器産業、眼鏡産業等、工業が大変盛んである。嶺北(越前地方)の中央部に位置する鯖江市では、特産品の眼鏡枠、漆器、繊維の3つが地場産業として発達しており、多くの世帯が、特産である眼鏡や繊維関連の産業、或いは、業務用の漆器生産に関わっている。福井県は、メガネフレームの国内生産シェア約90%以上を誇り、鯖江市は、その生産の中心を担う。また、福井県は、業務用漆器での国内シェアも約8割を占め、楽器でも、西洋音楽で用いられる弦鳴楽器(弦の振動によって音を出す楽器)、ハープを日本で唯一生産している。福井県内には、原子炉が15基設置されており、原子力関連施設が多いため、福井県警察には、全国的に数少ない原子力関連施設警戒隊が設置されている。原子力関連施設でのテロ事件に対処することを任務とする、警察の警備部隊、原子力関連施設警戒隊は、基本的には、管区機動隊の隊員が任期制・交代制で警戒隊に出向するという形を採っている。その中で唯一、福井県の原子力関連施設警戒隊は、専従部隊とされている。人件費や警備費用の全額を国庫が負担しており、電力会社は経費を負担しない。同じ県内でも、嶺北地方と嶺南地方では方言が異なり、嶺北地方の方言は北陸方言に、嶺南地方の方言は近畿方言に分類されることが多い。嶺北地方と嶺南地方の方言の際立った違いとしてはアクセントが挙げられるが、嶺北地方・嶺南地方それぞれの内部においても細かな差異がある。鯖寿司は、若狭地方・京都や大阪・山陰地方、岡山県新見市の郷土料理である。長方形に固めた酢飯の上(或いは下)に塩鯖の半身を乗せ、巻き簾や布巾で形を整えた後、出汁昆布や長昆布で全体をくるみ竹皮で包んだ物である。酢飯に酢締めにした鯖を乗せ、さらに白板昆布(バッテラ昆布)を重ねた押し寿司、バッテラとは異なり、型に入れる作業がない。冷蔵技術が発達する以前に、京都の場合は鯖街道を通り若狭地方から、岡山県新見の場合は山陰から運ばれる塩干物の塩鯖が貴重な海産物であり、この鯖を利用した寿司が定着した。山陰や若狭では、焼いた鯖を乗せることもあり、特に、出雲地方では江戸時代から「焼さば寿司」として日常的に食されていた。へしこは、鯖に塩を振って塩漬けにし、さらに糠漬けにした郷土料理、及び水産加工品である。若狭地方、及び丹後半島の伝統料理で、越冬の保存食として重宝されている。若狭地方の特産品・土産物として、漬込む魚の種類も「鰯へしこ」「河豚へしこ」等が加わり、福井県で親しまれている。ぬかを軽く落とし火であぶったものは、お茶漬けや酒の肴に良い。新鮮なものであれば、刺身で食べることもできる。羽二重餅は餅粉を蒸し、砂糖・水飴を加えて練り上げた、福井県の和菓子である。福井県では、平織りと呼ばれる経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交互に交差させる織り方で織られた織物の一種、羽二重織りが盛んであり、よく生産されたため、羽二重に因んで1847(弘化4)年に、現在も老舗として知られる和菓子店「錦梅堂」で作られた。品位ある風味を保ち、羽二重織物の板締めの荷姿を風雅に模った意匠をこらしていて、食感は非常に柔らかい。
ニキビに悩まないデー。 
ニキビに悩む全ての男女の助けになりたいと、東京都品川区上大崎に本社を置く、ニキビ対策・ニキビ予防のスキンケア製品「プロアクティブ」を商品展開する企業、ガシー・レンカー・ジャパン株式会社(2017[平成29]年に、社名をザ・プロアクティブカンパニー株式会社と変更した)が制定。日付は、2月7日の「2」と「7」で、「ニキビに(2)悩まない(7)」の語呂合わせから。ザ・プロアクティブカンパニー株式会社は、アメリカ合衆国西部、カリフォルニア州ロサンゼルス市サンタモニカに本拠を置く化粧品の通信販売業者、ガシー・レンカー社の日本法人である。「プロアクティブ」は、ニキビの予防はもちろん、ニキビによる肌荒れや毛穴の汚れ、黒ずみ等の悩みを解決し、繊細な日本人の肌を考え抜いた3ステップケアで、ニキビを予防しながらうるおいを保持し、肌をトータル的にトリートメントしてくれるという。 なお、5月21日は、「5(いつも)2(ニキビは)1(皮膚科へ)」の語呂合わせから、ニキビ治療薬を製造・販売しているガルデルマ株式会社と塩野義製薬株式会社が制定した「ニキビの日」とされている他、7月27日の「7」と「27」を、「し(7)っかりとニ(2)キビをな(7)くそう」と読む語呂合わせから、ニキビ対策、ニキビ予防のスキンケア商品「薬用アクネコントロールシリーズ」を展開する、化粧品やサプリメント(健康食品)等のメーカー、株式会社DHC(登記上の商号は株式会社ディーエイチシー)が制定した「ニキビケアの日」は、7月27日とされている。ニキビは、皮膚の炎症性疾患で、一般にニキビという語は若年者の顔面に発生するものをいい、それ以外のものは吹き出物ということも多い。ニキビの語源は諸説あり、定かではない。11歳頃から罹患者が増加し、有病率のピークは15歳であることが多くの研究で一致している。10代後半から20代前半までは高率とみられる。ニキビは、毛包 (毛穴) がホルモンと細菌と皮脂の相互作用によって炎症を起こすことでできる。従って、皮脂が多く分泌される部位にでき易い。しかし、ニキビのできるメカニズムは完全には解明されていない。
国産ブナ材の日。
兵庫県豊岡市日高町江原に本社を置く、木製ハンガーを製造しているハンガー専門メーカー、中田工芸株式会社が制定。日本にはかつて薪炭林であったブナ林が広がっているが、現在では殆ど活用されていない。中田工芸株式会社の主力製品、木製ハンガーもブナで製作されていることから、記念日を通して、国産ブナ材を資源として持続可能な仕組みで活用し、森林保全と地方創生に繋げることが目的。日付は、2月7日の「2」と「7」で、「ブ(2)ナ(7)」と読む語呂合わせから。日本の温帯林を代表する落葉広葉樹、ブナは、木材としてはビーチと呼ぶ。ブナの木は非常に重く、川を流して搬出することが困難で、商取引には向かない資材であった。その上、腐り易い、加工後に曲がって狂い易いという性質があり、20世紀の後半まで、用材としては好まれなかったが、薪の他、下等品のための需要はあった。ブナ材は、他の資材に比べ重量に対する引っ張り強度に優れた特性があり、20世紀後半以降、薬品処理と合板の接着・加工技術の向上によって需要が増えている。円筒形に曲げ易いことから、太鼓類の胴としても利用され、紙パルプ、家具材(主に、脚物家具)、スキー板、ベニヤ材、玩具材、楽器の鍵盤、ブラシの柄等に用いられている。
瓜人忌。
昭和期の俳人、相生垣瓜人の1985(昭和60)年の忌日。相生垣瓜人は、句誌『海坂(うなさか)』を主宰。1961(昭和36)年に馬酔木賞、1976(昭和51)年には、俳句界では最も権威ある賞とされている蛇笏(だこつ)賞を受賞している。 
花久忌(はなきゅうき)。
『誹風柳多留』の出版元、花屋久次郎(1817[文化14]年没)を偲ぶ法要が、東岳寺で行なわれる。『誹風柳多留』は、江戸時代中期から幕末まで、ほぼ毎年刊行されていた川柳の句集である。単に『柳多留』と呼ぶこともある。花屋久次郎(略して「花久」)は、三代に亘って川柳界に貢献し『誹風柳多留』124篇までの出版を行なった他、川柳のスポンサー的役割も果たした。なお、東岳寺は、花屋久次郎の菩提寺である。1941(昭和16)年、当時東京府東京市浅草区浅草(現在の東京都台東区浅草)にあった同寺で花屋久次郎の過去帳が発見された。江戸時代末期の浮世絵師、歌川広重の墓所としても有名で、墓所の他に記念碑がある。現在は、東京都足立区の東武鉄道伊勢崎線竹ノ塚駅近くに移転している。