この記事 の続きと、思ったことです。
他人の私でも、やっぱり親友の犬が死んじゃったのは悲しい…
悲しい気持ちがあれからときたま沸いてきました。
悲しいって悪くない感情と思う。
悲しいって感じられる自分で良かったとも思う。
ちょっとしばらくは悲しさを感じるかな…。
あの子がもうこの世にいないなんて実感が沸かないな…。
魂は存在するって私は思ってるから、肉体の死は終わりじゃないとわかっても、それでもこの世の別れに悲しい気持ちはある。
人間らしい感情で、悲しいなら悲しくていいと思う。
ちょろ、ちょろと涙が出たり心がずしんとなる。
これは、親友と同調してるのかなと思う。
親友の哀しみが私にも移ってるというのか、共有してるというイメージかな?
親友と哀しみを共有できるのは悪くない。
そうするのは、親友の哀しみは多少は癒される気がするから。
負を請け負う必要はないけど。
基本は見守るしかできないし、見守って信じるのが私にできることだろう。
でも哀しみを分かち合うとか、親友にはわからなくても、哀しみを共有できるってのも私にできることかなと思った。
共有したところ、親友の哀しみは私の非じゃないだろうし、ほんのちょっとのことだろうけど、少しでも癒されたり軽くなってくれるといいな。
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