夜のペントハウス。窓辺にランプが灯り、外の喧騒は遠くなっていた。

テリィは息子を胸に抱き、ゆっくりと揺らしていた。

まだ生後九か月ほどの小さな体。すやすやと眠りにつこうとする顔を見下ろす彼の表情は、舞台上では決して見せないほど柔らかい。

キャンディはその横で毛布を整えながら、思わず笑みを零した。

「あなた、ほんとうに上手ね。私よりも寝かしつけが早いんじゃない?」

「ならば、特技の欄に“寝かしつけ”と書こう」

得意げに囁く声に、キャンディは頬を緩めた。


赤ん坊がふわっと小さな手を伸ばし、父のシャツの襟を掴んだ。

「おいおい、今夜は離してくれないのかい?」

小さな力に苦笑しながら、テリィはキャンディに目をやる。

「ねえ、ちゃんと布団に寝かせましょうよ」

「いや、このままでも悪くない」

そう言って赤ん坊を抱いたまま、テリィは片方の腕を少し緩め、空いた隙間からキャンディに身を寄せた。

不意打ちのように、頬にあたたかなキス。

「ちょっと……! 子どもがいるのに」

驚いて囁くと、彼は口元を歪めて笑った。

「だからいいんじゃないか。家族の重みを腕に抱えて、きみの温もりを横で感じる。……これ以上の幸せがあるか?」

キャンディは言葉を失い、ただ目を瞬かせた。

赤ん坊がふいに目を開け、ふたりの間に小さな手を差し入れる。

まるで「僕も忘れないで」と言わんばかりに。

テリィは笑いながらその小さな手に自分の指を預けた。

「嫉妬してるのかな?」

「ふふ……あなたにそっくりね」

「俺が嫉妬?どこが?」

「あら?自覚ない?」

「自覚?ないけど」

不思議そうなテリィにキャンディは小さく笑った。

ランプの灯が揺れ、三人を包むその静けさは、拍手や喝采よりも温かく確かなものだった。



その夜更け。

赤ん坊がすやすやと眠りに落ちた後、二人はソファに並んで腰を下ろした。

テリィはふと真顔になり囁いた。

「なあ……きみが嫉妬するときって、あるのか?」

唐突な問いに、キャンディは瞬きをし、彼を見つめた。

「嫉妬……?」

「俺が舞台で女性ファンの視線を浴びて、拍手をもらってるときなんか……きみは、俺を独り占めしたいって思わないのか」

キャンディは一瞬言葉を探し、彼の手を取る。

「それは……あるわよ」

小さな声で、それでもはっきりと。

「舞台のあなたを見てると、みんなに奪われそうで……胸が痛くなることがあるの。でもね」

顔を上げると、照れた笑みが浮かんでいた。

「でも、あなたはいつも最後には私のところに帰ってくる。だから、ちょっとくらい嫉妬しても……結局は安心するの」

その言葉に、テリィは短く息を呑み、彼女を抱き寄せた。

「キャンディ」

低く落ちた声は、不器用な照れと深い愛情をにじませていた。


隣の部屋から赤ん坊の寝息が聞こえ、まるで三人を優しく包む子守唄のようだった。

テリィの胸に顔を埋めるキャンディの耳元に彼の鼓動が聞こえてきた。

「私、この音好きよ」

「この音?」

「あなたの鼓動」

キャンディの囁きに、テリィは髪に唇を落としながら微笑んだ。

「なら、このままでいよう」

窓の外では街のざわめきが遠のき、夜は深まっていく。

拍手も観客もいない静けさの中で、彼らの鼓動だけが確かな旋律を刻んでいた